恋はファッション

「ね!先週のデート、どうだったの?」

キラキラとした話題でいつも始まるガールズトークは大抵色づいた話ばかりだ。誰がかっこいいだの誰とどこへ行くだの誰になに言われただの誰が気になるだのなんだのかんだの。適当であるようで真意や敵意が上手に隠れている女の子のナイショバナシは今日も勢いよく開幕する。
どこの何が美味しいとかよりも、あそこの新商品のコスメが可愛いとかよりも、もっともっと興味を引くもの。私達の話題の中心は常に恋。

大学生になってから、恋をする回数が増えた。と、いうのは見栄っ張りの言い方で、大学に入学するまではそれらしい恋のひとつもしたことがないというのが正解だ。中学生の自分には恋愛感情と言うものがわからなかったし、高校生の自分には恋をするより友人と遊ぶ方が楽しく思えた。大学に上がってからは、話題についていくのに必死で、好きとか、嫌いとか、よくわからないまま、恋をしていることが増えた。正確には、恋をしているフリをしている。
二十歳を超えて、恋愛ひとつも満足にできない私は"恋をしている私"に生かされている。ちなみに、間違っても恋をした相手とうまくいってはいけない。彼氏ができた子はこのグループから外れていってしまい、ずっと友達でいようねと言い合った日々が嘘かのような扱いを受けたり、されたり、する。女の子って、そういうものだ。
「で、どうなのよ。センパイとは」
皆の話をにこにこしながら聞いていれば、突然話題の中心に自分が突き出される。何もないよ~と言うのが不正解だというのは最近知ったこと。これを繰り返しているとつまらないやつに認定されてしまう。なので、3回に1回は何もない以外の選択肢を選んで会話を進めなくてはならない。
「ん~、なんかうまくいかなくって」
「はいきた!なに!進展アリ?」
やいのやいの。瞬く間に空気が変わり、みんなが楽しそうに私の言葉を待っている。正解を言えてよかった、と安堵しつつ恋をしている相手の話をかいつまんで溢していく。自分はこう思うだの、絶対こうしたほうがいいだの、ああだこうだ。そこそこ盛り上がったところで結局解決策なんてまとまらないまま話題がすり替わっていく。自分の番を終えた後はいつもほっとしてしまう。再来週までにはもう少し進展しておかないといけないな。なんて。ビジネスライクもいいところだ。

「靴、カワイイね。似合ってる」
「ほんとですか?先輩にそう言われると嬉しいです」

えへへ、と笑い声が漏れる。ちょうどいいタイミングで先輩からお誘いがあったので、それに嬉々として乗った私は所謂デートの真っ最中だ。ふたりとも食事は済ませてしまったため、お酒を飲みに行くか、散歩でもするか、はたまたボウリングかカラオケか。今日はどこに行くのかな、と思いながら先輩の数歩後ろをついていく。時折振り返って私が傍にいるか確認するのが好きだ。正しい恋とは呼べないこの感情の的になってくれる先輩はやさしい。こう思っていることは知らないだろうけれど、それでもだ。

先輩のことが好きか嫌いかでいうと、もちろん好きだ。優しいし、顔もかっこいいし、いつも丁度いいタイミングで連絡をくれるし、ちょっと寂しいなって夜には電話もしてくれる。でも、この感情はどこか味気ない。汗をかいた後のスポーツドリンクのような味はしない。それこそ、気の抜けた炭酸のような。それでいて水道水とは違うような。そんな味が似合っている。きっとこれは恋じゃない。それでも私は、恋をしている。

「話をしよう」
「へ」
公園のベンチに腰掛け、先輩が買ってくれた炭酸飲料の缶を開けた時だった。視線が真っ直ぐ私を捉えている。いつも余裕そうな表情をしている先輩が、いつもよりほんの少しだけ真剣な顔をしていた。
「俺さ、最初は全然本気じゃなかったんだよ」
何の話をしているのかわからない。でも、なんの話ですか? なんて聞けるような雰囲気ではなかった。先輩の左手が私の右手にそっと重なる。触れられた瞬間飛び跳ねた体の振動で、反対側で缶が地面へ落っこちてしまった。ああ、まだ少しだけ残っていたのに。
「連絡とったり、デートするたび、どんどん好きになってってさ。年下なんて趣味じゃないし、自分でも中々認められなかったんだけど」
まずい。これは非常にまずい。全身をめぐる血液が沸騰しそうなくらい上昇していく体温と、それをよそに鳴り続ける体内警報。これは多分、告白だ。それを断る理由がひとつもないことが、まずい。だって私は先輩に恋をしていて、だから彼女になれるのは嬉しいことのはずで、先輩とこれからも一緒にいられることを喜ぶべきだ。
友人達の顔が脳内でチラつく。こういうときってどうしたらいいの? なんて、聞けない。

「好きだよ。でも、もうやめにしよっか」
「え…」
「俺のこと、好きじゃないでしょ。ごめんね、いつも付き合わせて」

こんなに悲しそうに笑う顔、見たことない。

「これ以上回数重ねると、本気で欲しくて止まんなくなると思ったからさ。今日でもう、やめにしよう」
「せんぱい、」
「ありがとね」

先輩が立ち上がり、重なっていた手が離れる。私の目の前に立って、覆いかぶさるような体制に驚けば、唇に柔らかいものがあたる。目を閉じることもできないまま至近距離で見つめていた私を、先輩はおかしそうに笑った。頭を数回くしゃくしゃと撫でられて、それから手を差し出される。素直に自分の手を重ねれば、ぐい、と勢いよく引かれ、そのまま飛び込むように先輩にもたれかかり、腰に腕が回る。
心臓が、爆発しそうだと思った。それと同時に、四肢が張り裂けそうだった。ほとんど無意識に、先輩がしているのと同じように自分の腕を先輩の腰へ回して、少しだけ力を入れる。

いやだ。どうしよう。離れたくない。もしかして、これが恋ってやつなの?

「最後までずるいなあ…。キスしてごめんね」
「っあ、の」
「ん。だめ。これ以上はほんとに。……気を付けて帰ってね」

腕が離れていき、胸のあたりをそっと押し返される。反発する力もないまま、人ひとりぶんの距離が空く。ゆっくり去っていく先輩の背中を追いかけることも、声をかけることも、私にはできなかった。体温がひとりぶんになってしまった頃、ようやく体が言うことを聞くようになる。

だって、これは恋じゃないはずだったから。でも、これが恋じゃないと言うのなら、私の頬を伝う涙の理由はなんなのだろう。


タイトル:喘息

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