イマドキ・トレンド・ガール

お気に入りのペディキュアのツンとくる匂いが存外好みだったりする。タイツとソックスに隠れてしまう足の爪に色を乗せていくこの時間は私にとって幸福そのものだと言える。今週はラメを入れようかな。体育の着替えの時に委員長にバレたりしないかな。ドキドキ背徳感。通知の知らせでほとんど鳴りっぱなしのiPhoneが恨めしそうにこちらを見ているので手に取って返事をしていく。仲のいい友達から、一緒にいるグループの子達から、隣のクラスの気になるあのコまで。指に馴染んだフリック入力、手の爪は磨いてあるだけ。せめてベースコートくらい許してくれたらいいのにな。
そんな、今日の夜する行為に思いを馳せてから家を出る。ママ譲りの色素の薄い髪の毛は、染めたいという願望を小さいままで留めてくれるので好きだ。バス停まで歩きスマホで向かい、着いてからカメラアプリで顔を確認する。ナチュラルメイクにギリギリ自然に見える巻いた髪。色付きリップは怒られるけど、やめられないから仕方ない。鏡をポーチに投げ入れて背筋を伸ばす。少しずつ集まってくる私と同じ制服を着た学生達の会話に聞こえないふりをする。
「おはよう!はやいね」
「おはよー」
イヤホンをつけない理由はこれだ。
毎日連絡を取り合うようになった隣のクラスの気になるあのコ。背伸びをすれば変わらなくなるほどの身長で、寝癖をつけてだらしなく笑う男の子。
「今日、抜き打ち着こなしチェックらしいよ」
「マジで!?ヤバいんだけど!教えてくれてありがと」
「ううん。女の子は大変だね」
あはは、と笑う姿に心臓が握りつぶされるような感覚に陥る。この恋は誰にも内緒だ。所謂スクールカーストとかいうヤツで身分がわかれている私と彼は、同じ教室で話すことはないし、教科書を忘れたって借りれるような関係ではない。朝のこの時間を楽しみにしているとグループの子達に打ち明ければ、たちまち笑い話の的になってしまうだろう。教室の隅で本を読んだり、大人しめのグループで小さく話しているような彼と、校則違反をしたりしなかったりしている私とでは色々と"釣り合わない"。
それでも、この時間だけは一緒にいることができた。比較的学校から離れているところに住んでいる私と彼が乗るバスに、一緒に乗り込む同じ学校の生徒はそう多くはない。他学年も合わせるとそこそこいるが、三年生は私達だけなのが好都合だった。降りてから学校に入るまでは、別々になってしまうけれど、乗り込んでから降りるまでは、君の隣をキープできる。
そこそこいい感じに込み合ったバスだと隣に座れるし、車内は狭いので肩が触れる距離感。クラスのどの男に触られてもドキドキなんてしないのに、微かに触れるだけで爆発しそうになってしまう。そんな私の気持ちなんてひとっつも気付いていない彼は、今日も呑気にくだらない会話に花を咲かせている。ヤバい。控えめに言って、好きすぎる。
「スカート、長くてもかわいいとおもうけどな」
「いやいや。ない。ないよそれは」
「そう?いつも寒そうだなって」
「まじ今夏だから。スカート長いと足太く見えんのよ」
着こなしチェックのために従来の長さに丈を戻す。明日からは折る回数を一個減らそうと思うくらいに、私は単純だ。

「体育だり~」
「今週の爪めちゃカワじゃん」
「でしょ?お気に塗ったのよ」
女子更衣室で着替えながら談笑。体育はあのコのクラスと一緒。授業に本気出すとかタイプじゃないけど、格好悪いところは見られたくない。色付きのヘアゴムで長い髪をアップにまとめて更衣室を出る。だるいけど、嫌いじゃない。君が見れるから。とか、乙女かって。
「え。なにアレ」
階段を降りて体育館に出てみれば、広がるのはあのコと仲良さげに話してる女の子。距離近くね? ていうか、私と似たような女じゃん。学校で話しかけるとか、場違いでしょ。
「あ!そーだよ。なんか付き合ってるらしいよあの二人、まじウケね?」
「は、」
「ギャルと陰キャって正反対な感じでヤバいよね~ でもなんか、女の方からガンガンいったらしーよ」
待って。待ってよ。そんなの知らないよ。
「意外といーヤツなんじゃね? 名前も知らん男だけど」
「それな~ どうでもいいっしょ」
あっという間に友人たちの話題はすり替わってしまう。事態を飲み込めない。脳みそパンクしている。なんで。だって。そんなこと、ひとつも言ってなかったじゃん。ていうか、私がいるじゃん。私のほうがカワイイし、ラインだって毎日してるじゃん。全然意味ないじゃん。全部無駄じゃん。なにしに今日を生きてるのか、マジで意味わかんない。
「ごめ、フケるわ」
え? と言う声を無視して全力ダッシュで体育館を出る。たぶんだけど、みんなこっち見てた。あいつも、あの子も。

涙が出る。何がスクールカーストだ。身分違いなのは私の方だ。釣り合わないのも私の方だ。身なりにどれだけ気を遣おうが、伝わらなかったら意味がないじゃないか。周りの目ばっかり気にして、学校で話しかけたこともない癖に、いっちょ前に失恋して大泣きなんて御門違いもいいところだ。私は、戦場にすら立っていなかったのに。スタートラインのずっと後ろの方で、だらだらしていただけじゃないか。
「サイアクだ………」
「大丈夫?」
「えっ!?」
頭上から柔らかい声が降ってきて、涙がこぼれるのを気にもせずに顔を上げれば彼がいた。え。なんで。
「走ってくの見えたし、なんかすごい悲しそうな顔してたから…。追いかけてきてごめんね」
「え…いや、ぜんぜん…ありがと、」
「ふふ。学校で話すの初めてだね」
空っぽの教室、ドアの真後ろの死角にふたりで座り込む。

「ごめんね。知ってたんだ」

ああ、一体、何を。


―――

タイトルは喘息 様から

いつか続きます

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