じゃれあうDNA

顔がいい。生まれながらにして人生の成功を確定事項とされることだ。
SNSに写真をあげればあっという間に評価が集まり拡散されていく。努力して可愛くなったなどと、よく言ったものだと思う。そもそも持って生まれたものが違うじゃないか。整形するお金も支払わずに高い化粧品だけ使っていればいい癖に。たちまち溢れる好意のメッセージ達に寒気がする。顔がいいだけでこんなに褒めてもらえるなんて、本当に羨ましいし、妬ましい。私も美人に生まれたかった。なんて、そんな贅沢は言わない。せめて誰かの隣に並んでも恥ずかしくないような、普通だねと言われるような、そんな姿に生まれたかった。
「かわいい」
「頭おかしい」
目の前で私に頭のおかしい言葉を浴びせる人物は、好意のメッセージや評価を受け取っている人物だ。私が撮った写真をいつも嬉しそうにアップしては、その評価を私の腕がいいからだと言う。違う。お前の顔がいいからだ。と、何度言ってもわかってくれない。
顔のいい彼は、私のことが好きらしい。理由は、かわいいからだという。信じられない。彼と一緒にいるようになってもう半年ほど経つが、未だに長期企画のドッキリのターゲットにされていると思っている。それくらい釣り合わない。彼は数万人に愛される容姿を持ち、それを十分理解し、武器として扱って生きている。それに対して私は日々仕事に明け暮れる容姿が悪ければ要領も悪いブスの会社員だ。彼みたいに好きなことをして生きていけるような成功者ではない。
「彼女ができましたってツイートしていい?」
「駄目に決まってる。まず彼女じゃない」
「えー。じゃあ片想いしてますって動画あげていい?」
「私の生活を脅かすことはしないでってば」
ぶうぶうと子供のように拗ねる彼を一瞥してスマートフォンに視線を戻す。SNSでの数字で生きていけるほどの収入が得られるんだから、彼のような成功者たちにとってはいい現代社会なのだろう。私にとっては大変生きにくい世の中だ。ブスには人権がない。これは本当。
「だっておれの写真、マネージャーが撮ってると思われてるんだよ? おかしくない? デート写真多めなのに!」
「彼女だと勘違いされて炎上するよりいいんじゃないの」
「おれは炎上したっていいのに~!認めてもらえばいいだけだもん」
だもん。なんて、もう23にもなるのにそんな口調が許されることが羨ましい。私が言ったらその場の不快指数を五億上げてしまい最悪の場合死刑だろう。彼のグレーに染まった髪が夜の街灯りに照らされていて綺麗だ。自然と手がカメラを持ち、シャッター音が脳に響く。気づいたときには撮っているのだから、どうしようもない。私もその他大勢といっしょで、彼という存在に心底惹かれている者のひとりなのだと思い知らされる。カメラを向けられることを少しも気にしない彼は、ファインダーから目を離した私を見て、笑う。彫刻のように綺麗な四肢が甘く甘く誘惑してくる。溺れてしまえたら、どれだけ幸せなんだろう。
「やっぱり、おれの写真撮るの、せかいいちうまいよ」
「それはどうも」
そりゃあそうだ。恋をしているのだから。人物のことをいちばん上手く撮ることができるのは、その人のことを愛している者だ。私が彼をどう思っているかなんて、映像や写真がいつも教えてくれる。それを彼が理解しているのだから恐ろしい。
もし、私がもっと可愛かったら。彼に釣り合うような華奢で可憐で妖艶な少女だったら。そうしたらふたりで画面の中に映りこんだりするのだろうか。彼の告白を真面目に受け取り、それに応え、幸せを選び、成功者となるのだろうか。きっとそうだ。

彼はツーショットを嫌う。ひとり、または三人以上ならば喜んで映りに行くのだが、ふたりというのはどうにも嫌いらしかった。彼のSNSのどこを探してもツーショットというものは存在しないし、彼自身以前に嫌いだと言っていた。自分の隣にいるひとは、自分が特別に思っているひとがいいらしく、ツーショットを撮ってしまうと形に残るから。と言っていたのを鮮明に覚えている。顔がいいなりに生きていることに悩みや考えを持っていて、それでいてきちっとこだわっているところは彼の好きなところだ。
「こーっちむいて」
「やだ」
「ざんねん。もう撮りましたぁ」
最近のスマートフォンは無音で綺麗な写真が簡単に撮れてしまう。彼のフォルダに溜まっていく私とのツーショットは勢いが止まることを知らない。日々、様々なタイミングで残るふたり。彼の画面の中を覗き込めば、煌びやかな男性と、到底彼の隣を歩くのは許されなさそうな女性が映っている。撮るのは好きでも、撮られるのはだいきらいだ。できれば私と言う存在は、形としてどこにも残しておきたくない。
それでも、彼の撮るものだけはできるだけ拒まないようにしていた。惚れた弱みだというのも大前提にあるが、私が彼を撮るのが世界一上手なように、彼も私のことを撮るのが世界一上手だった。決して美人になったりはしないし、ブスがカバーされているわけではない。それでも彼の写真には愛情が籠っていて、彼が切るシャッターのタイミングはいつでも正解だ。彼の目というレンズによって角度研究された私は、彼好みの姿で彼の嫌いなツーショットの中に納まる。それは、好きだ。
「ねえ。好きだよ」
「なによ、改まって」
「そろそろ付き合ってくんないかな~って」
なんてことのない顔で彼が言う。肯定の返事をいつもできなくて、悲しい。
「ごめんなさい」
「んんん。じゃあまた明日言うよ」
断るたびに、彼は本当に悲しそうな顔をする。そうな、ではなく、本当に悲しんでいる。私もきっと同じ表情をしている。日々、告白。日々、失恋。互いに、違ってしまう。

いつか、彼のフォルダがいっぱいになったら。私のSDカードがいっぱいになったら。そうしたら私は、彼の気持ちを受け取ることができるだろうか。


タイトル:喘息

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