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1989年100日間世界旅行記

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1989年4月6日からの100日間の旅行を、2020年の同日朝7時に投稿します。
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#おうち旅行

【1989年100日旅】はじめに

1989年3月30日に、ソ連大使館にビザの関連で行った。4月6日から7月16日までの世界を回る旅に行…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】1日目。成田空港→モスクワ

1989年の今日、初めて海外に行った。行き先はモスクワ、成田発シェレメーチエヴォ行きアエロフ…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】2日目。モスクワ

1989年4月7日。2日目。4月初旬のモスクワの朝はまだ寒く、汚れた雪と曇り空で窓の外は灰色一色…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】3日目。モスクワ

3日目。日記には「ボリショイサーカスに行く予定だったけれど券が買えなかった。レストランで…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】4日目。モスクワ

1989年4月9日。ゴーリキイ公園に行き、シャシリク(串焼き肉)を食べた。当時のソ連には橋や建…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】5日目。モスクワ

1989年4月10日。父の暮らす寮で、隣室のドイツ人と一緒に夕食。その日のご飯はカレー。持って…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】7日目。モスクワ

1989年4月12日。この日はビザ申請をしに東ドイツ大使館に行った。東ドイツ大使館は、相手が日本語ではなくロシア語を話すという点が違うだけで、日本のソ連大使館とあまり違わないと感じた。つまり無愛想。あまりに長い時間待たされ、退屈して妹弟と騒ぎすぎて、大使館の人から激しく怒られた。ビザをもらえないのでは、と親が心配するほどだったらしい。 その日、初めて自動販売機でジュースを買ってもらって飲んだ。ソ連にはクワスというライ麦を発酵させた炭酸飲料があって、自販機で売られていたのだ。

【1989年100日旅】8日目。モスクワ

1989年4月13日。ヴェーデンハー(ВДНХ)へ。とても広い公園。調べてみたら、ここは国民経…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】12日目。モスクワ

1989年4月17日。旅は12日目。学校へ。クラスメートがこれまでに行った国々の話をしてくれた。6…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】13日目。モスクワ

1989年4月18日。旅は13日目。同じスクールバスに乗るクラスメートが、一緒にクラブに入ろうと…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】14日目。モスクワ

1989年4月19日。旅は14日目。父が住むモスクワ大学の寮には一部屋に二人分の個室があり、父は…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】15日目。モスクワ

1989年の今日は旅の15日目。この日は、モスクワ大学の寮の探検をした。モスクワ大学の寮には当…

FelixSayaka
4年前
7

【1989年100日旅】17日目。モスクワ

17日目。小学校は授業参観日。1時間だけで学校を終え、父の住むモスクワ大学の寮に戻った。ロ…

FelixSayaka
4年前
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【1989年100日旅】20日目。モスクワ

20日目。一人でモスクワ大学の寮の中庭に出ると、前日遊んだ「おもちゃのからす」君だけがいて、私に「こっち、こっち」と誘ってくれた。門を乗り越え、塀をすり抜けて彼が連れて行ってくれたのは、いつも見ているモスクワ大学とは反対側の広大な池のスペース。今は雀が丘と呼ばれているらしいけれど、当時はレーニン丘という名前だったらしい。 中庭の小さなスペースとは違い、広くて明るい。噴水からは水は出ていなかったけれど、樹々は柔らかな緑色で水面がキラキラ光り、足元の芝には白い花が咲いて美しかっ