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青春論−幻の刃から現実の命を護れ

青春。

この漢字二文字の放つ花火のような眩しさが、一体どれほど多くの人間を不幸にしただろう。凶器のように心を傷つけただろう。人生を否定しただろう。

拙詩「青春」より)

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青春という言葉には特定のイメージが纏わりついている。それは、二人乗りで朝方を駆け抜ける自転車であり、学校の屋上で齧る焼きそばパンであり、夏の線香花火だ。
よりエッセンスを抽象して言えば、気の置けない仲間との美しい友情であり、遅刻する食パン少女との誰もが羨むような恋愛だ。つまり、友情と恋愛である。

このことに異論を挟む者はいないだろう。細かな違いはあれど、青春に対して抱くイメージは皆だいたい似たようなものだ。そしてそのイメージを規定したのは、TVドラマや映画やアニメや漫画、つまりフィクション作品である。多くの場合、フィクションは人をエンターテインするために作られている。ところが、昨今の世の中を見るに、本来なら人を救うはずのフィクションが、むしろ人を殺している現状があるように思えてならない。青春の理想像と自己の置かれた現実とのギャップに心を病んでしまう例が少なくないのだ。メンヘラ(心の健康に問題を抱えた人のことを言う)人口の増加とも無関係ではないだろう。

以下に、青春アニメの名作『耳をすませば』に関するツイートを引用したい。

サッカー経験者が『キャプテン翼』を読んだために鬱になった、といった例を、私は寡聞にして知らない。ところが、こと青春モノとなると、話は違う。全ての人が青春時代を等しい年月過ごしているはずなのに、青春アニメを観て鬱を感じる人が現れる。青春というやつのプライオリティは、その他のものとは明らかに違うのだ。このように、昨今、青春至上主義が蔓延している。

青春至上主義は病原菌のようなものだ。感染してはいけない。ひとたび感染すれば、無駄にメンタルをすり減らしかねない。

以下に、ワクチン代わりの言葉を引用しよう。

これはほんとに気休めかもしんないけど、学校なんて、たいていの奴はつまんねえ所だと思うよ、俺は。色んな漫画や映画で見る明るい青春時代なんて送ってきた奴いんのかな?ほんのごく一部の人の話だと思ってる

出典:細美武士(2014.8.27)ラジオ『Hedgehog Diaries』(bayfm)

ティーンエージャーというのはえてしてつまらないものだ。映画や漫画やTVドラマの中で知っていた十七歳は、現実にはほとんど存在しない。実際のところはたいていみっともなくて、情けなくて、退屈なのだ。

出典:恩田陸(2008)『小説以外』(新潮文庫)p.124

青春とはもともと暗く不器用なもので、明るくかっこよくスイスイしたものは商業主義が作り上げた虚像にすぎない。

出典:星新一(2012)『きまぐれ博物誌』(角川文庫)

商業主義に騙されてはいけない。映画やアニメに描かれる煌びやかな青春が自分たちの目指すべき理想像だと錯覚してはいけない。

日本マクドナルドの創業者であった藤田田氏は、「12歳までに食べたものが一生の食生活を決める。だからそれまでにマクドナルドの味を覚えてもらう。そうすれば大人になってもマクドナルドのハンバーグを食べ続けてくれる」と宣った。

これは精神についても同じと言ってよい。実際、低い年齢の時ほど、つまり、精神の背骨を作っていく多感な時期ほど、青春モノの作品に触れる機会が多い。フィクションがでっち上げた青春の味を覚えたら最後、ありもしない青春の幻を、一生追い求め続ける羽目になる。だから、今すぐに歯を磨く必要があるのだ。目を覚まさねばならない。

先にも述べたが、ご都合主義のフィクションは、決して真似すべき対象ではない。ホラー映画を観たって、幽霊が現実にいるとは思わないだろう。SF映画を観たって、現実にタイムリープできるとは思わないだろう。アクション映画を観たって、現実にあれで死なない人間がいるとは思わないだろう。同じだ。青春映画が描くキラキラした青春など、現実には存在しない。それを強く自覚することが精神の自衛の一助となる。

まだ危ない。念を押して、最後にもう一度、エセ青春を叩いておこう。

本当に、学校の屋上で焼きそばパンを齧れるか?無理だろう。屋上なんて危険な場所、普通は立ち入り禁止だ。しかも、その実態は先生たちの喫煙所に化したものと相場が決まっている。悪ぶりたい生徒が背伸びして屋上でタバコを吸うお約束もない。禁煙ファシズムにより居場所を追われた先生が、しけた顔で湿気ったタバコをひっそり吸っているのが実情だ。とてもじゃないが、画にならない。しかし、これがこの世のリアルだ。

遅刻する食パン少女はえてしてヒロインの定番だが、君の知っている現実の遅刻常習犯の女子はどうだろうか?思い出してもみてほしい。毎朝、遅刻して来て先生に叱られていたあの子だ。そうだ、ちっとも懲りないあの子だ。彼女はヒロインにふさわしいルックスを持っていただろうか?そういうことだ。