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ぼくの好きな先生


小学校のとき、ヤスという名前の先生がいた。
上級生の担任を受け持っていて、あまり接点はなかったけど
私が3年生のとき、書道の授業だけはなぜかこのヤス先生が
受け持っていたのだった。
ヤス先生は教諭というより子供たちにとっては面白いお兄さんで、
放課後には校庭で一緒に遊んでくれたり、
音楽室でギターを弾いて聴かせてくれたりした。
今思うとRCの「ぼくの好きな先生」のイメージにぴったりな先生だった。
当然、子供たちからは人気があって、
先生は親しみをこめて、子供たちを下の名前で呼び捨てしていた。

家庭環境の悪い子供には珍しくもないが、私はいじめられっこだった。
ある日私は早口をからかわれ、男子に喋り方を真似されるという目に
遭っていた。
それを聞いていた先生、
「早口だからって気にすることはないぞ、早口ってのは、
頭の回転が速いってことだからな」と慰めてくれたのだった。
それを聞いて、男子たちはほぅ、と感心したような顔をし、
それから私のことをからかう子はいなくなった。

ヤス先生には身体が弱いのにお酒が大好きで、
やめられないらしいという噂があった。
でもそれはみんなウソだと思っていた。
校庭で走り回って本気で遊んでくれるし、声も大きくていつも
元気だったから。

ある日、先生は教室で居眠りをしていた。
みんなが習字をしている最中に教卓に頬杖をついて、
うつむきながら目を閉じていた。
それを見た男子たち、「あ~、先生が居眠りしてる!」「お、寝てる寝てる!」と騒ぎ始めた。
先生はパッと目を開け、「居眠りなんて、してましぇーん!」とおどけて言った。
「してましたぁ~!」「じゃぁ、『してない』に命かける?」
と子供たちはさらに面白がって、
「おお、かけるかける」って先生は苦笑いしながら言ってた。

その日の放課後、私は先生に遊んでもらおうと先生のクラスの教室に
呼びに行ったら、
先生は教卓に腰掛けて下を向いていた。一瞬、声を掛けていいのか迷った。「先生~、今日は高オニしようよ。場所取りするから先に行ってるね」
「お、おう」
「早く来てよ」
「ミホ、」
「なに?」
「電車の中とかで大人が目をつぶってるの、何でだかお前知ってるか?」
「??? 眠いからじゃないの?」
「大人はなぁ、考え事をしてるから目をつぶってるんだ」
「え、あ、そうなの? あ!早く行かないと、男子に場所取られちゃう。
先生も早く来てよ、ね」

それから少しして、先生は急病でしばらく学校を休むことになった。
そして、戻ってくることなく一ヵ月後くらいに、先生は亡くなった。
きっとお酒を飲みすぎて死んじゃったんだ、
あの噂はウソじゃなかったんだと思った。
身近な人が死ぬとか、いなくなるとか、初めてのことだった。
悲しくて悲しくて、しばらくは少しでも先生のことを思い出すと
涙が出て止まらなかった。

あの時、先生は居眠りしてたんじゃなかったんだ。
自分が長くないこと、知ってたのかもしれない。

先生、私は大きくなるにつれ、電車で目をつぶってる大人には
考え事をしている人も、ただ寝ているだけの人もいるということを知ったよ。

先生の顔は、なんとなくしか覚えていない。
卒業アルバムにも写真、載ってないしね。
先生のこと、覚えている人どれくらいいるだろう。
私は、「先生のこと死ぬまで忘れない」に命かけるからね。

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