satomi

作家。主に油絵の制作をしています。文章を書くことも好きです。表現すること、生きること、…

satomi

作家。主に油絵の制作をしています。文章を書くことも好きです。表現すること、生きること、人間のことを考えています。 数年前に精神科に入院していた時の体験を小説にして連載してます。 気楽に読みにきてください。

マガジン

  • 短編小説『Hurtful』

    私には心の患いがあります。これは数年前に精神科病棟に入院した時の、約一カ月間の物語です。 病棟で出会った人々と私の毎日の感情や葛藤。ちょっとした事件。笑えたり鬱だったり。愛おしくもくだらないことの数々。 「どうすれば私は、自分として生きられるだろう」 全15話完結しました。 気楽な気持ちで読んでもらってだいじょうぶです。 コメント頂けるととっても嬉しいです。

最近の記事

  • 固定された記事

短編小説『Hurtful』 第1話 「没収の儀式」

あらすじ 【「今日から私のハピネス・ウィル・サンクチュエール精神科病院での日々がまた始まる。」 その歳の夏、私、相原さとみの入院ははじまった。 ちょっと変わった病院とその癖の強い住人たち。そして看護師たち。煙草をめぐる冒険。いくつもの事件。生きたり死んだりするこころ。なんと愛おしくもつらすぎる日々よ。】 今日からまた入院である。 バスを降りて大通りをひとつ曲がると、もの静かな道に出る。妙な陰気さが漂っている。 目につくものといえば小さな処方箋薬局と、時代がかった煙草屋兼酒屋

    • 【ちょっといま暫く外出さして】

      「ちょっといま暫く外出さして」と言ってリュックサックを背負って直立し、主の目をすっとだけ見てから玄関に向かおうかな、と思案してみる。 言ったところ、主は、なんで行くのだの何処に行くのだのをあうあう言いながら、悲しみと怒りに満ちた目でこちらを見てくる。 「ちょっと五日ばかりどっかに籠らして」と言い直しても、なんでなのだ、なぜその必要があるのだとイヤンイヤンしやがる。女みたいだ。 理由は全部、毎日言うてたよ。 もうこれ以上私に何も聞くな。毎日言うてたよ。 だのにその上まだ何か聞く

      • いま わたくしのいるところ

        いま わたくしの いるところ 窓べりに置いた 色エンピツとスケッチブック 窓外に 低木 それぞれ異なる低木 枝のかたちはいろいろ 葉が丸々としたものや 葉が二枚しか付いてないもの 葉が枝のように見えるもの その後ろ側に 赤茶色のレンガの連なり たった三段の レンガの連なり レンガが低くて 本当によかった レンガが低いというだけで 葉や枝の ひとつひとつのかたちが よく見えるもの ずっと向こうに トタン屋根 青や灰やエメラルド色の トタン屋根 あのトタンの溝のひとつひと

        • 短編小説『Hurtful』 最終話 「さようなら、ハートフル」

          その日、何人かは嬉しそうに売店でアイスなんか買って来るなどして、こっそりとパピコを分け合い、もはや猛暑。 この病棟に居ると汗をかかない。 私などは気が向けば外に出られるけれども、外出が禁じられていて外は疎か、この病棟の扉の外側にさえ出られない人も多い。皆、窓越しに外界を眺める。 ここの窓という窓は全て、厳重に鍵が掛かっている。危険な事態を引き起こさないためだ。だから、窓からのそよ風、すらない。人工的な空調によってのみ、体温が管理される。汗もかかなければ風もない。 そうする

        • 固定された記事

        短編小説『Hurtful』 第1話 「没収の儀式」

        マガジン

        • 短編小説『Hurtful』
          15本

        記事

          短編小説『Hurtful』 第14話 「面会者、良心の呵責、退院を前に」

          第1話はこちら前話はこちら 退院を一時間後に控え、黒田さんは現実界に戻っていくことが不安そうであった。 戻っても、そこには嫁と、嫁の母親が居る。そしてそこに私は居ない。黒田さんは喫煙所にこもり、最後の最後まで私と一緒に喋っていたいようだった。不安、嫁への不満、未来のプラン。 私はむげにも喫煙所を去ることができずに居た。本当に今更だが、こういう話を聞くのは私の役割じゃないとおもいながら何本もの煙草を吸っていた。 あ、とおもいついて、 「ちょっと待っててください」 黒田さんの話

          短編小説『Hurtful』 第14話 「面会者、良心の呵責、退院を前に」

          短編小説『Hurtful』 第13話 「病院のお風呂場マナー」

          第1話はこちら前話はこちら 私は、杏ちゃんが看護師とともに風呂場まで行く姿を、これまで一度も見かけていなかった。 私が見逃しているだけなのか、それとも今は風呂にも入れない状態にあるのか。 今日も、やっぱりここには来られないのかな。 脱衣所で誰かがヒソヒソやっていた。 「お風呂に入ることも、本人が拒否してるらしいよ」 だから、そういう情報どこから手に入れてくるんだよ。特殊な脳波の共鳴でもあるのだろうか?患者同士には。 私は脱衣所で裸になり、タオル一枚を軽く体にかぶせて、順

          短編小説『Hurtful』 第13話 「病院のお風呂場マナー」

          短編小説『Hurtful』 第12話 「外泊許可、第二の手紙、いくつかの緊迫」

          第一話はこちら前話はこちら 車で病院に戻ってきたのが五時ぎりぎりだった。 私は夕食までのわずかな時間を、自室にこもって過ごした。黒田さんと数時間ミッチリ過ごしたことで、極限まで疲弊していた。 少しだけで良いから一人の時間が必要だった。 「お食事でーーーーす」 看護師の無配慮ながなり声が廊下中に響き渡るのを聞いて、デイルームへ向かうと、由美子さんと目が合った。 「雪ちゃんがね、まだ戻って来ないのよ」 雪ちゃんは、首を吊る未遂をしてからしばらく大変だった。 少しずつ落ち着くよ

          短編小説『Hurtful』 第12話 「外泊許可、第二の手紙、いくつかの緊迫」

          短編小説『Hurtful』 第11話 「第一の手紙、そしてコメダ珈琲」

          第1話はこちら前話はこちら 部屋にはベッド、棚付きの箪笥、丸椅子が一脚あるが、机がない。また、ちょっとした台になりそうな気の利いた余分なものも一切置いていないので仕方なく、大学の教科書をベッドまで持ってきてそれを下敷きにして手紙を書くことにした。  拝啓、岩倉先生、と書いた。 私はもう、六年か七年くらいカウンセリングに通っている。 ここハピネス・ウィル・サンクチュエール精神科病院とは別の機関で、そこは病院ですらなかった。私がみてもらっている岩倉先生という人も、精神科医ではなく

          短編小説『Hurtful』 第11話 「第一の手紙、そしてコメダ珈琲」

          短編小説『Hurtful』 第10話 「ダンスフロアー妄想、銀メッキピアス」

          第1話はこちら前話はこちら 「俺はね、今年三十五で、嫁がいるんだけど。俺のほうは、離婚したくて、最悪別居でも良いからとにかくそうしたいんだよね。嫁は、嫌だ。って言ってて。俺が仕事、休職するようになったとき、入院したいって言ったら、今はダメだ。とか言うんだよ。嫁は、証券会社で働いててバリバリのキャリアウーマンだから、俺が休職してからは全部、俺が家事してたんだよ。嫁が帰ってくる時間に合わせて飯作ってたしね。あと、子どもの幼稚園の送り迎えね。子どもは、冬馬って男の子で、今三歳なの

          短編小説『Hurtful』 第10話 「ダンスフロアー妄想、銀メッキピアス」

          短編小説『Hurtful』 第9話「新たな彼との出会い」

          第1話前話 杏ちゃんが隔離室に入れられてから、デイルームにはひっそりとした重苦しい静けさが立ち込めていた。その単純な事実がもたらす濃密で重たい空気だった。殊に、喫煙所の雰囲気は歯が抜けたように味気なかった。 杏ちゃんのこの一件に於いて、他の患者達はだいたい二種類のグループに分かれていた。 一つは、杏ちゃんが隔離されようがされまいが、特段気にならないというか、彼女にもともと興味があった訳でもないので泰然自若としている人達である。 もう一つのグループは、この一件によってもろに動

          短編小説『Hurtful』 第9話「新たな彼との出会い」

          短編小説『Hurtful』 第8話 「愛しい彼女」

          第1話前話 「行先」という欄に、駅の喫茶店と書く。「目的」の欄に、レポート作成の為と書く。「帰る時間」とあるので自動的に五時と書く。「今の時間」も書く。続いて「連絡先」、「緊急連絡先」を記入、「薬を持ちました」にチェックを入れて最後に署名、用紙を逆向きにして看護師に押し出す。 外出届を書いたのだ。 「ベルトと携帯とライターがほしいんですけど」 看護師が私のそれらを探しにナースステーションの奥に行く。その間、私はまた別の用紙にベルト、携帯、ライター、と書く。 看護師からライ

          短編小説『Hurtful』 第8話 「愛しい彼女」

          短編小説『Hurtful』 第7話 「時計が読めなくなった杏ちゃん」

          第1話前話 昼食を取り終え、銘々がそれぞれ好きなことをやったり、作業療法に出向いたり、外出をしたりする行動的な時間帯に、杏ちゃんが神妙な面持ちで喫煙所に入って来た。 「さとみー。あのね」 「どした?」 「時計が読めなくなった」 今なんて言ったのだろう。 「なにが?」 「なんか今日起きてしばらくしたらね、なんか、腕時計が読めなくなってた」 杏ちゃんはいつも、話を本題から話せる人だった。 「たぶん、昨日は読めてたとおもうんだけどね」 杏ちゃんが身に着けている腕時計

          短編小説『Hurtful』 第7話 「時計が読めなくなった杏ちゃん」

          短編小説『Hurtful』 第6話 「嫌われたくない性格と煙草事件」

          第1話前話「禁煙が退院の条件」になった鳴宮さんは、時たま喫煙所に入室しては、副流煙を吸いに来るようになった。 みんな一様に気まずい。だってそりゃそうだろう、口には出さないものの、 「煙草、いいなぁ。俺も吸いたいなぁ。誰か、一本、くれないかなぁ。 いや、あくまで俺が言うんじゃなくてね、そちら側の誰かがね、「あ、鳴宮さん、キツそうだね!一本どう?」なんて言ってね、そういう気ごころがないのかなぁ君達には。副流煙なんて、おいしくないに決まってるじゃない。 僕としてはね、副流煙を求め

          短編小説『Hurtful』 第6話 「嫌われたくない性格と煙草事件」

          短編小説『Hurtful』 第5話  「鳴宮さーん」

          第一話前話 ハピネス・ウィル・サンクチュエール精神科病院。五階・西病棟。 今日も鳴宮さんという男性患者が、デイルームの一番後ろのテーブルの席に座り、足を組み、腕を組みしてテレビを観ている。 鳴宮さんはサッカーのユニフォームを着用していることが多い。 普段はクールな印象の鳴宮さんだが、今日はテレビでサッカーの試合がやっているので楽しそうである。 鳴宮さんは三十二歳らしい。 「ちなみにマサ兄は三十歳だよ」 由美子さんが教えてくれた。 鳴宮さんと初めて喋ったのは喫煙所で、私

          短編小説『Hurtful』 第5話  「鳴宮さーん」

          こんな絵を描いてます。「楽園の劇」

          はじめまして。10月にnoteを始めたばかりのsatomiといいます。 本日、2020年秋の美術・芸術というコンテストが開催されていることを知りました。みなさんとても美しいことを記事にされていますよ。 私も勇気を出して自分の描いた絵を・・応募してみようと思います! 「楽園の劇」 oil on canvas.  162 ×363㎝ 実は、マイページのヘッダーをこの絵に設定しているのですが・・。横にブツ切りになって上だけの状態ですので、このコンテストを期に全体公開です。 私

          こんな絵を描いてます。「楽園の劇」

          短編小説『Hurtful』 第4話 「隔離室、お爺の独白、売店にて」

          第1話前話 翌日の午後になってようやく、杏ちゃんは松葉杖を持つことが許された。 膝はだいぶ痛いらしく、時折顔をしかめている。私は心配のしかたがよく分からず、中途半端に暗いテンションになっていた。 それでも、いつもと変わらない元気ですっとんきょんな杏ちゃんの笑い声が隣で聞こえると、私も安堵して笑った。 「あいつらさぁ、マジ使えないよね」 杏ちゃんが言ってるのは、昨日の夜勤担当の二人の男性看護師のことである。 「ほんとだよね。それでも人間かよ」 と私も言う。 「血も涙もない

          短編小説『Hurtful』 第4話 「隔離室、お爺の独白、売店にて」