あの日の猫背 | 珈琲&文学note
珈琲×読書のご案内。 本の紹介文と、お供におすすめの珈琲を載せています。
10代の頃から書き溜めてきた詩を放出しています。 たまに新作もあり。
あの頃、あの街で、あの曲を聴いていた…。 音楽×街をテーマにしたエッセイのまとめ。
あらすじ 高瀬川の水面に、木漏れ日が揺れている。 川沿いの喫煙所の石段に腰掛けて、匡之は虚ろな眼でその光を眺めていた。 ふと空を仰ぐと、緑の天井が視界に広がる。川べりに並ぶ木々が、枝葉を豊かに茂らせて作ったものだった。 ぬるい風が天井を揺らし、一枚の葉を川面に落とした。葉は、匡之の手元から昇る煙と同じスピードで、川下へと流れていった。その行方を見送ったのち、匡之は再び、水面で踊る木漏れ日を眺めた。 この喫煙所は、京都の中心街である四条通りのすぐ脇にある。都会のど
創作大賞に応募する小説を投稿しました。5月から書き始めて、ようやく完成…。〆切超ギリギリになっての一斉投稿でお恥ずかしい限りですが……。読んでくれたら嬉しいです!
出町柳駅から商店街に向かう途中の雑居ビルの2階に、「個別指導塾Open Book」の教室はある。 匡之は物件探しから銀行の融資、設備や備品の用意などをすべて一人で行い、一年以上かかってようやく開校に漕ぎ着けた。 「Open Book」とは直訳すれば開かれた本であるが、英語で「隠しごとをしない」「異なった考えや感覚に寛大である」という意味がある。 真面目に、真っ直ぐに教えること、様々な境遇や性格の子どもたちに集まってほしいという思い、本がたくさん置いてある塾という、3つ
冬枯れの鴨川沿いに寝転んで、匡之は高い空を見ていた。 夏にはカップルが等間隔に並ぶ風景が見られる鴨川の河川敷だが、寒い冬にはその数も少なく、間隔もずいぶんと広い。 河原町に近い辺りだと人が多いので、三条辺りまで進んだところで匡之は寝ていた。 首に巻いていたマフラーを外して枕にし、仰向けのまま煙草を咥えた。晴れた冬空に白い煙が上っていくのを見つめながら、匡之は三島からのメールについてずっと考えていた。 三島の目から見た自分は、恥じるようなものではなく、「初めから真面
秋の風の流れる爽やかな昼下がり、匡之が向かう先はパチンコ屋だった。 無精髭が伸び、髪の毛も寝起きのままで、服装は上下ジャージという格好で、匡之は人目も気にせずに歩いていた。 平日の昼間から煙草と缶ビールといくらかのお金だけを持って、匡之は毎日のようにパチンコを打っていた。 仕事を辞めた匡之にとって、今はパチンコくらいしかすることがなかった。 石岡から、今回の一件は原の策略だったことを教えられた匡之は、もうこんな会社にはいられない、と退職の決意を固めた。それに、支部長
京都三条教室の視察を終えて、匡之は自分の七条教室へと帰っているところだった。 電車の座席で手帳を開き、今日の内容を振り返った。 三条教室の課題は、講師同士の繋がりが薄いことだ。講師間でコミュニケーションを取り、指導方法を共有し、お互いのいいとこ取りをすれば、もっと授業の質が良くなる。 それぞれがそれぞれのやり方で授業を行っていると、成長もしにくいし、教室全体の統一感も薄れる。 そこで匡之は、三条教室の講師一覧を貰い、ベテランの講師と新人の講師の比率がバランスよくな
季節は6月で、もうじき梅雨が訪れる頃。 新京極商店街の中にある甘味処で、匡之は石岡玲子と一緒に抹茶かき氷を食べていた。 「京都って感じでいいですね!」 石岡は顔を綻ばせて匡之に言った。 「ここは日本茶の専門店がプロデュースした店なんやって。だから、抹茶もそこらのより濃厚で美味しいって有名なんよ」 石岡は興味深そうに匡之の目を見つめながら頷いた。匡之はその理知的な目を気に入っていた。 石岡玲子は、京都の東山区にある教室の社員で、今年の4月に大阪の教室から異動になっ
3月になり、大方の受験生の入試が終わった。 12月から始まった冬期講習も終わりを迎え、どこかピリピリしていた教室の雰囲気も和やかになりつつあった。 「打ち上げでもやりましょうか」 匡之の隣で事務作業をしていた鈴木は、手を止めて目を丸くした。 「あらっ珍しい。吉見先生からそんなこと言い出すなんて」 匡之は照れ臭くなり、鼻の頭をぽりぽりと掻いた。 「まあ、たまにはね」 「いいですねぇ。私、お店探しておきますよ。吉見先生は講師の子たちに声掛けしておいてくださいな」
「僕はなんのために生まれてきたのかを考えていました。 それは、誰かを不幸にし、誰かに不幸にされ、その分、誰かを幸福にし、誰かに幸福にされる。それを繰り返していくことなのだと思いました。」 20歳そこそこの学生が、何故そんなことを言える? 楠村の告白を聞いたその晩、匡之はなかなか寝付けず、缶ビールと煙草を持ってベランダに出た。 匡之の住むマンションの4階の部屋からは近くに広がる田園がよく見え、実り出した稲穂が9月の夜風に揺れていた。 ビールを煽り、ぼんやりと景色を
……僕は、中学一年生から、不登校になりました。 理由は、自分でもわかりませんでした。 思い当たることがあるとすれば、国語の授業の音読です。 クラス全員で順番に一文ずつ読んでいくのですが、僕が読む番になった時、つっかえてしまって、僕は黙ってしまいました。それで先生が僕のところを読んで、次の人に繋ぎました。 その時、クラスの何人かの人が、くすくすと笑っていました。僕が詰まってしまったことがおかしかったんだと思います。 それから僕は、国語の授業でまたつっかえたらどうしよ
まだ蒸すような外気の中を、少しだけ冷たさの混じった風が抜けていった。 匡之は河原町通りを歩き、ショッピングモールの地下にあるジュンク堂書店へ向かっていた。 9月下旬のよく晴れた日で、まだ歩いていると汗が滲んでくるが、どこか夏の終わりを感じさせる匂いがした。 ジュンク堂に着くと、匡之は文庫本のコーナーに行き、小説の物色を始めた。 芥川龍之介、川端康成、志賀直哉、太宰治、夏目漱石……。文豪と呼ばれる作家の名前を見つけては手に取り、パラパラとページをめくる。 匡之は、
7月下旬のある日、匡之は体調を崩して仕事を休むことにした。 匡之は事務員の鈴木と、講師アルバイト用の全体ラインにその旨を送った。何かトラブルがあれば連絡するように伝えているが、うちの優秀な事務員と講師はだ。よほどのことがなければ、連絡が来ることはないだろう。 それにしても、体調不良とは久しぶりだな……。 熱はなかったが、頭痛がひどく、身体がだるかった。面談を頑張りすぎたかもしれない。 夏期講習の面談をすべて終えた匡之は、過去最高の売上を叩き出していた。受験生はもち
窓の外で、蝉が喧しく鳴いている。 こんな暑い中、世間の営業マンは汗水流しながら走り回って、ご苦労なことですねぇ。 匡之は、空調のよく効いた教室の中で、先程の面談のデータをまとめながら一人ほくそ笑んでいた。 今日は、高校3年生の子を持つ親との面談だった。 現状のままでは目指している大学の偏差値に届かない。この夏でどうにか点数を伸ばしたい。 両親と生徒、3人揃ってやってきた彼らに、匡之はなんの躊躇もなく30万円のプランを提案した。 高校3年生であれば、講習費用の相
本日の文学案内は、 太宰治『津軽』 です。 あらすじ 解説1944年に刊行された太宰治の紀行文風小説。 第二次世界大戦の末期。 戦争の中で、“死”を強く意識した太宰は、故郷の青森・津軽への旅へと出発します。 旅の中で彼は、旧友や生家の家族、育ての親との再会を果たしていきます。 彼らとの懐かしく楽しい交流を通して、津軽の人々の温かい人情を再認識すると同時に、自己の存在を見つめ直すことにも繋がったこの旅は、太宰治の人生において重要な出来事となりました。 『津軽』は、紀
夢、見てた気がするけど、忘れちゃって、 下着姿のまま、ベランダ立って、 ぬるい風、崩れた日和、過ぎる時間、 気付けば午後ね、うだるよな夏、 あたしは部屋の中 フラペチーノの氷に、溶ける、噂、 興味がないから、あたしは制服脱いで、 扇風機の前、寝そべって、 パーフリ聞いて、時代を上る 女の子はいつだって、可愛くて、 未来も昔も、今も、 いつだって、 真っ青って言葉はあんまり似合わないから、 青い空、でいいの、 そう、物事はいつも単純で、 グラウンドに落ちる汗よりも、 あたし
中学2年生の時、スピッツに出会った。 『ロビンソン』のイントロでガーンとなって、 そのメモリーに今も醒めないままである。 (スピッツファンなら↑これ分かってくれるよね) 今やファン歴ももう15年程になる。 そんな愛してやまないスピッツ。 たくさんの思い出をともにしてきてくれたけど、 とりわけ心に刻まれている「母と僕とスピッツ」の記憶がある。 僕の故郷は北海道のど真ん中に位置する、 美瑛という小さな町。 なだらかな丘陵地帯と、延々と広がる田畑の風景が美しく、観光地として