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淋しさからいちばん遠くで あなたと出逢えますように


「冬はね、どうしても淋しくなるんだ。これはね、僕の病気のひとつなんだけど誰もが理解してくれる、たったひとつの病気なんだよ。」

そう言いながら、彼は珈琲を口に運ぶ。なんてことはない、いつもの日常。広い構内の一角に設置された自販機に、残念ながら紅茶はなかった。


淋しさを持て余す。

独りで過ごす夜を、あと何度乗り切れば淋しさは無くなるのだろうか。そんな疑問を誰もが持ち合わせていながら、誰もが口にするのを躊躇う。答えが無いと知っているからか、答えをもう知っているからか。本を読み耽るだけでは埋まらない、なにか抽象的なもやっとしたものが、心から身体中を支配していくような、孔を開けていくような、そんな気がした。

どんな関係なら、淋しくないのだろうか。

血よりも濃い絆を、いつも探し続けている。朝の気だるさの中で、昼の眠さの中で、夜の淋しさの中で、常にその疑問が頭の中に生まれては消えていく。誰かにとって安心できる関係が、誰かにとっては酷く脆く感じたり、誰かにとって不信でしかない人間に、誰かが盲信していたりする。人間はいつも歪だった。


「それは病気なの?」

自販機に紅茶を求めることを止めて、私が問う。彼は一度だけ私を見て、そして珈琲を飲み切る。私には飲めない苦味を、この人の舌はどう判断しているのだろう。くだらない疑問はいつも尽きなかった。

「病気だと思いたいんだよ。」

空になったカップを私に手渡し、彼は挨拶もなく仕事へ戻っていく。彼も知っているのだ、答えが無いことも答えを知っていることも。だから、何か名前を付けて誤魔化している。そうしないと夜の淋しさに耐えられない。それでも、言葉を選ぶことなく返してくれる元同僚に、心の中で感謝した。


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主従関係のように、お互いをお互いが支配し合えたら淋しさは無くなるのだろうか。

それもきっと違う。SMの世界での関係性だって多種多様だ。〝その関係だからこその淋しさ〟が必ず生じてしまう。いつでも逢えることが、いつでも愛を囁き合えることが、淋しさを生むことすらある。嫉妬や独占欲、依存に愛憎。片方だけの感情が膨れれば膨れるほど、触れ合っていた心が離れてしまう。それはとても淋しくて、虚しいことのように思える。

お互いが寝付くまで話をしたり、触れ合ったり、気が狂うほどの悦楽を与えあったとしても、次にくる夜が淋しかったらどうすればいい? その答えは心のどこに埋まっているのだろう。幼い頃から見つけられずに此処まで来てしまった。けれどその答えが見つけられなくて良かったって、思う自分も確かにいるのだ。きっと答えを知ったら、もっと淋しくなってしまうような、そんな気がして。


愛する人の幸せを願うことも、愛する人の幸せを疎むことも。

それ程に相手を好きなってしまった、という真実しかそこには無いように思えた。気が狂うほどに生まれた愛が、感情を支配した時に本能が勝つか理性が勝つか。私は、あなたは、どちらを選ぶのだろう。

でも例えどちらを選んだとしても、襲いくる夜の淋しさには勝てないまま、いつの間にか眠りに就くのだろうか。真っ暗な独りの部屋の片隅で、誰かを想い、求めながら。それは本当に〝淋しい〟のだろうか? そうして無限にループし続ける自問自答に、私は栞を挟む。いつか、せめて自分の愛する人にだけでも、答えが渡せればいいと思いながら。


あなたの夜が淋しくありませんように。あなたの世界が綺麗な冬の夜を映してくれますように。

その手を繋ぐ誰かに、出逢えますように、と。






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