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カフェの悲劇とコンビニの朝

コーヒーを淹れるバイトを何個もしている時期があった。

いまやコーヒーは喫茶店やカフェばかりでなくコンビニやファストフード、さらにはカレー屋に寿司屋などの飲食店でさえメニューに載っているから、バイトでコーヒーを淹れるのは普通のことだ。

お店によってコーヒーの淹れ方は様々ある。
かなりの拘りを持つ店もあれば、インスタントに毛の生えた程度、なんならインスタントコーヒーそのものを出してたお店だってある。
(誤解のないように言っておくが、インスタントのコーヒーは下手なドリップコーヒーより美味しいと思う)

学生の頃そうしてバイトを掛け持ちしていると、そんなコーヒーの淹れ方の違いを目の当たりにして唖然とすることもあったが、それはその店の個性だと今では感じている。

ただ、あるカフェで働いていた時の、淹れ方というよりもコーヒーメーカーの扱いは戦慄ものだったので忘れられない。

そこではウェイターのバイトだったから、厨房には立たないがドリンク作りはフロアが担当していた。
カフェのコーヒーメーカーはドリップ方式で、まぁまぁ美味しいコーヒーを淹れるマシンだ。

ある日、お客さんの少ない時間帯にそのマシンを掃除するよう店長から言われた私と同僚は、フィルター部分を分解するためマシンの裏側にある点検用の扉を開けた。

そこで、私と同僚は世にも恐ろしい場面に遭遇する。

中からワサワサと数十匹の小型Gが飛び出して来たのだ。
数匹は同僚の手を這い回り、私達が悲鳴をあげるとスタッフ全員が振り返り同様に叫び出す。
厨房は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
Gたちはそのまま四方八方へ散っていく。
私もマシンの傍から転がるように逃げ出した。

騒然とする厨房では、店長とキッチン担当者が殺虫剤を降り回している。
しかし、Gたちはあっという間にどこかの隙間へ入り込んでしまったらしく既に姿は見えなくなっていた。

あとから知ったが、前回コーヒーメーカーを掃除してから1カ月以上は経過していたらしい。

それから当日までの間に私達がお客さんに提供していたコーヒーはGに侵食されたマシンから抽出されたモノだったのだ・・・

さいわい食中毒などの話は出なかったから大きな問題にはならなかったが、衛生管理がその後徹底されたかはわからない。

私は事件後すぐにそのバイトを辞めた。

バイト料が計算していたよりも幾分多めの金額だったのは言うまでもない。



今年最後の記事(たぶん)がGで終わってしまうのは不本意なので、口直しにもうひとつお話をさせてほしい。


Gカフェ?と同じ時期に、私は個人が経営するコンビニでバイトしていた。

シフトは時給がいい深夜勤で、だいたい夜10時頃から朝7時頃までの勤務だった。

それなりに忙しい時間帯もあるが、深夜などはあまりお客さんも来なかったので品出しや検品をし、早朝から朝にかけて新しいお弁当や雑誌を揃えたり店内調理の商品を作ったりする。

週3~4日の勤務時に、毎朝6時頃必ず訪れるお客さんがいた。
40絡みのちょっと強面な男性客で、どうやら運送業のようだった。
買うのはいつも朝陳列されたばかりのスポーツ新聞とドリップコーヒーで、店内のイートインで30分ほど過ごして帰っていく。

ある朝、レジでその強面男性から突然、
『にいちゃん、昨日の朝おらんかったやん』
と声をかけられた。
バイトの曜日は決まっているので、いなければ常連のお客さんには判る。
『すいません、ちょっと体調が・・・』
と言葉を濁すと、
『気ぃ付けや。にいちゃんの淹れるコーヒーが1番うまいねん』
強面男性はそう言って笑った。
意外と優しい笑顔だった。

コンビニのコーヒーメーカーは旧式で、淹れるのに多少の技術は必要としたけれど、店員達はマニュアル通り作っているだけだから味に違いはほとんど出ないはずだ。

でも、そう言われるとちょっと嬉しかった。

そんな事があって強面さん(名前は最後まで聞かなかった)と私は、強面さんが注文したコーヒーを淹れながら天気とかスポーツ紙1面の話など他愛ない会話をするようになった。

だから数ヶ月後の朝、就職のため私が今日でバイトを辞めると伝えたとき、強面さんは非常に驚いていた。
しかしすぐにあの笑顔になり、
『頑張れよ!にいちゃん』
と言って私の肩をたたくと、最後のコーヒーを旨そうに飲んだ。

このコンビニで働いて良かった。
そのとき私は心から思った。


強面さんを見送って店の外に出た。
私は3月初旬の冷たい朝の空気を、どこか暖かく感じていた。



皆さま、良いお年をお過ごし&お迎え下さい。


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