エッセイストなんて職業のひとはいない【創作のための仕事論(1)】
「エッセイストなんて職業のひとは、いません」
この言葉を聞いたとき、わたしは大学生でした。
言ったのは現役作家の教授で、確かエッセイに関する講義中だったと思います。
当時、わたしは特にエッセイストという職業について考えたこともなければ、そもそもエッセイというものがなんなのかもあまりよく解っていませんでした。
あれから随分時間も経ち、世の中におけるエッセイの立ち位置みたいなものもかなり変わったと思いますが、それでもこのとき聞いたことは今でも、
「まあ、たぶんそうだよね」
と思います。
いや、そう名乗ってるひとはいるよね? と言われたらそうなんですけど、これはそういう方々を否定する話ではないのです。
エッセイストが書くのは"なに"か?
その教授が言ってたのは、
「エッセイというのはそのひとがそのひとの立場で経験したこと、思ったことを書いたものです。だから何者でもないひとには書けない」
という趣旨で、つまり作家でも学者でも主婦でもフリーターでも学生でも会社員でも、まずそのひとが何者かというのがあって、そこからエッセイというものが生まれるという話です。
これはエッセイストが兼業を前提とした職業だ、という意味ではなく、「エッセイという文学がエッセイを書く以外の行為を前提としている」ということのようでした(まあ、その教授は「エッセイだけで食べていけているひとを見たことがない」とも言ってましたが、これはネットが普及しきった現代では成立し得るんじゃないかな? と個人的には思います)。
あともうひとつ、教授がこのくだりで言ったことがあります。
とある作家が、有名になった後
「おれは会社に勤めたことがないから、サラリーマンの心が解らない」
と発言されたということです。
一度くらい勤め人をやっておけばよかったが、今となってはそれも難しいという趣旨のようでした。
実はこの言葉は、わたしを就職に向かわせた理由のひとつになっています。
会社員に対する偏見があった
そのころのわたしは大学生活も半ばを過ぎようとしていたのに、卒業後のことが全く想像できませんでした。
気を抜くと夜型生活になるので、夜間バイトをしているわけでもないのに起きるのはいつも昼ごろでした。
そんなわたしに、「毎朝起きて同じ時間に会社へ行く」生活ができるとは思えません。
それに、駅のホームや電車内で見かけるくたびれた社会人を見るにつけ、
「あんなふうにはなりたくないなあ」
とよく思ったものです。
給料のためとはいえ社会の歯車として毎日やりたくもないことをやり、心が死んでいく人生をおくるくらいなら、自由でいられる間は目一杯自由でいたほうがいいんじゃないか、なんてことも考えました。
まあ、今ではとんでもない偏見だよなと思います。
ともあれ教授の言葉を聞いたのはそういうときでした。
それで、
「会社員っていうのを、一度はやってみてもいいのかもしれない」
と思ったんですよね。
決意なんてものじゃなく、漠然と、今まで全く肯定できる要素のなかった選択肢が「お試しくらいならありかも」になった瞬間でした。
全てがネタになる
物語を書くひとというのは、ポジティブな経験もネガティブな経験も、全部ネタになります。
と、これもその教授が言っていました。
だから自分が会社員に向いてなかったとしても、実際やってみてどう上手くいかないのかを知ることはプラスと考えることができます。
「いやあ、わたしに会社員は無理だよー」
と、
「いやあ、わたしに会社員はやっぱ無理だったよー」
とでは、書ける内容に大きな差が生じます。
だからまあ、ちょっととりあえず就職してみて、自分なりに一生懸命やってみて、駄目なら駄目でそのとき考えようかなあ……と、そのくらいの感覚で働いてみようと思いました。
前に「物語をつくり続けるのに絶対必要なもの3つ」で"お金"について語ったときは、結構立派な意志を持って就職したみたいに書いたかもしれませんが、実際にはそんな感じです。
「成功しても失敗しても、楽しくてもつらくてもネタになる」
という、ある種メタ的に自分を見る癖はこのころから今に至るまでずっと変わりませんが、どんなときも命を手放すほど深刻に思い詰めないという意味では非常に役立ちました。
そんなわけで。
基本、わたしは以前書いたとおり「創作を長く続けるために」「精神的な安定を求めて」「定収を得ることを目的に」勤め人を始めたし、今も続けているのですが。
そして未だに「できることなら働きたくない」と思っているし、長期休暇になるとたちまち昼夜逆転の生活に立ち戻ってしまうような自堕落人間なのですが。
複数の証言によると、会社の同僚からは「相当モチベーション高く働いてる、仕事大好き人間」だと思われてるっぽいです。
自分としては大分心外なのですが、まあそう思われても仕方がないという自覚はあります。
だって、仕事で学べることって、結構創作に役立つんですよ?
それは単純に「ネタになる」という意味だけじゃなくて。
仕事で身に付けたスキルや知識やセンスと、物語を書くことにはかなり共通する点があるのです。
これはわたしにとって嬉しい誤算でした。
そんなわけで、今後仕事についてもたまにつらつら書いていこうと思い、「創作のための仕事論」というサブタイトルを作りました。
わたしはもちろんエッセイストではありませんけど、何者でもないまま18年以上創作を続ける文書きという立場から、たまに仕事と創作について語ってみようと思います。
と、いうわけで今回は以上です。
お読みいただきありがとうございます。
さらばでした!
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