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ジャンルは問わず、ただ純文学が多いかも。
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村田沙耶香『コンビニ人間』書評

村田沙耶香『コンビニ人間』書評

2016年の芥川賞受賞作である。芥川賞作品にしてはポップなタイトルで文章もとっつきやすく、売上は100万部を超えた。

何を描いているのか表面的なとっつきやすさとは裏腹に、個人的にどうもすっきり読み下せず、読了した後も結局何の話だったのかよくわからない。リアリティは感じるものの、解題ができないまま自分の中で数年間整理がつかない状態だったのだが。最近noteを書くモチベーションが高まっているのでこの

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樋口一葉『十三夜』を読む

樋口一葉『十三夜』を読む

樋口一葉というのは、現代においてはどちらかというと偉人、歴史上の人物として扱われており、同時代の作家、例えば夏目漱石や正岡子規のような文豪と比べて、あまり読む対象として選ばれていないような感覚がある。

私も恥ずかしながら通しで読んだことがなかったが、旅行中の暇つぶしで買ったロバート・キャンベル編『東京百年物語』の中に「十三夜」が収録されていたのを読んで、衝撃を受けた。文章のリズム、一晩の出来事を

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『ダンジョン飯』と九井諒子のマジックリアリズム

『ダンジョン飯』と九井諒子のマジックリアリズム

九井諒子という漫画家をご存知だろうか。2011年に商業誌デビューし、ハルタ連載の『ダンジョン飯』をヒットさせて一躍人気作家となった。現実とファンタジーが入り混じる作風を得意とし、短編集もすでに3冊出版している。彼女の作品についてはこの記事が詳しい。(特に性別は公開されていないが、便宜的に「彼女」と表現する。性別だけではなく九井諒子氏へのインタビューやそのほか個人的情報は確認した限りほとんど存在しな

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北杜夫『どくとるマンボウ航海記』書評

北杜夫『どくとるマンボウ航海記』書評

本作を初めて読んだのは小学生の時だったが、今でもたまに読み返す。知的なユーモアと父譲りの詩的センス、少年的な海と外国への憧れという様々な要素が混ざり合った名作であると心から思う作品だ。

この名作エッセイから読み取れるのは、北杜夫の過度なまでにシャイな性格だ。高い教養と高い文章能力を持つ北氏はしかし、それをストレートに読者にぶつけることに対して非常に臆病であり、なるべく自分の文章が貴族的、衒学的に

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ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』書評

ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』書評

概要ストーリーは大きく二つに分けられる。ファンタージエンが虚無に飲まれてゆく中、アトレーユがその解決法を求める前半部。そしてアトレーユの冒険を読んだ現実世界に住む少年バスチアンがファンタージエンに飛び込み、世界を救ったあとで元の世界に戻ろうとする後半部。

初めて読んだのは子供の時で、読んでゆくうちに正体不明の不安を感じたのを覚えている。前半のアトレーユの冒険は読んでいて楽しい、よくある冒険譚であ

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谷崎潤一郎『春琴抄』書評

谷崎潤一郎『春琴抄』書評

正直なところ、谷崎潤一郎についてはあまり詳しくないし、この作品しか読んだことがない。ただ、初めて読んだときは文学ってすごいなあと小学生並みのな感動を覚えた。

春琴と佐助の関係性は一種のサド・マゾ関係にあるが、この作品、性については意外なほど描写が少ない。ただただ断続的なエピソードによる日常的な関係性にだけ描写の焦点が当てられている、それなのにエロティシズムを感じる。

本作のアマゾンレビューを見

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中島敦『文字禍』:感想と考えたこと

中島敦『文字禍』:感想と考えたこと

小学生の頃、原稿用紙にむかって漢字の書き取りをやっていると、文字が急に読めなくなるような、妙な気分になったことがあった。正式にはゲシュタルト崩壊というらしいが、文字に意味を与えるもの、つまり文字の霊というものはハッキリ見ようとすれば、たちまち姿を消して見えなくなってしまうらしい。この文字が持つ不思議な性質についての小説が、この「文字禍」である。

中島敦はいうまでもなく知識人である、父の影響で幼少

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