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正解って何だろう?

こんばんは、フリーライターのsayakaです。

新しい年をむかえ、気づけば1月も半ば・・・
2022年は、新しいチャレンジをしたり目標だった働き方を実現できたり、充実感たっぷりの1年でした。
でも、noteの更新はまったくできず…。(一昨年も同じことを書いた気がする)

なので今年こそ、「気づきと日記」をコツコツ更新します!
お仕事のライティングだけじゃなく、自分のフリーな発信を増やしていきたいなと考えています。


今日のテーマは、今私がぶつかっている壁について。

私、自分のことを発信するのがものすごーく苦手なんです。
このnoteを書いているときもそう。「この文章変じゃないかな?」「自分の気持ち書いて笑われたらどうしよう」っていう考えが頭を巡って、素直な思いを書くことに恐怖を感じてしまう。
心の奥にはもっと発信したい自分がいるのに、いざ伝えようとすると不安でたまらない。

そんな私なので、noteをはじめSNSで発信しているクリエイターさんたちを見るとかっこいいなって思います。「私もあんなふうに自分の気持ちを自分の言葉で綴ってみたいな…」なんて、尊敬と憧れの思いでいっぱいです。

どうしてこんなに不安なのかと考えてみると、ひとつ気づいたことが。
それは、「絶対の正解を出すこと」にこだわっている自分の存在です。

学生のころ、授業で問題の解答者に指名されてしまったとき。
「間違ったらどうしよう、笑われる」
注目を集めることが異常なほどに怖くて、いつも「指名されませんように…」って祈っていました。
(授業中にお腹が鳴るのも、怖くてたまらなかったな…。)

自分が解答を見る側なら、違う答えを言う子がいても何とも思わないのに。
「正しく生きなさい!」とか刷り込まれて育ってきたわけでもないのに。

きっとこれは、育った環境や誰かの影響ではなく、持って生まれた私の性格なんですね。いい意味で”仕方ない”と割り切るしかないと思っています。

問題は、割り切って満足しちゃっている自分です。
「不安だし怖いから発信はやめよう」と、新たな一歩を踏み出すのをためらっている。まわりの顔色をうかがって、正しいか間違いかを判断している。ずっと壁を乗り越えられずにいます。

でも、2年以上ライティングのお仕事をしてきて、ようやく気づきました。

ライターの仕事に”絶対の正解”はない】

同じテーマで執筆をしても、ライターさんの数だけ記事ができます。
そして、その記事をチェックする編集者さんの数だけ、仕上がりが違ってきます。

SEOライティングでは、”ユーザーニーズを満たす”というみんなが目指す目標があるので、大きく見た場合の答えはあると思っています。
それでもやっぱり、ライターさん・編集者さんが違えばそれぞれの「答え」が記事になる。100%同じ記事が仕上がることはありません。

だから、「絶対の正解」を導き出すことは不可能なのです。
できるとすれば、絶対の正解にかぎりなく近い「とっても魅力的な記事」を書くこと、でしょうか。
絶対の正解を求めれば求めるほど、本来の目的を見失って、「正しい答えを書かなくちゃ」と追い詰められてしまう。これが今の私です。

ずっと絶対の正解を求め続けてきた。もし間違えたら、自分のすべてを否定されそうで怖かった。
でもライターとして生きていくなら、そんな恐怖や不安に押しつぶされている場合じゃない。本来の目的(=ユーザーニーズを満たすこと・悩んでいる人に一番大切な情報を届けること)を見失ってはいけない。

自分の気持ちを発信することも同じ。自分の気持ちなんだから、正解とかないのだから。怖がっていたら何もはじまらない。

いつも型にはまろうとして、本来の目的を見失ってしまう私。
絶対の正解に執着せず、不安や恐怖に押しつぶされず、常に目標を見定められるぶれない自分でありたいと思います。


ライターとしての感性を磨くためにも、今年は怖がらず、自分の気持ちをたくさん発信していきますね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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