けいた@京都の会社員

わかりやすくする分解して説明する、複雑な状況を整理する、アイテムを減らして身軽になる、…

けいた@京都の会社員

わかりやすくする分解して説明する、複雑な状況を整理する、アイテムを減らして身軽になる、そんなことが大好きな京都府在住の会社員です。あと、妻とデグーとお寿司と自己分析ツールが大好きです。

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  • 書庫

    もう一度読み返したい記事を集めました

  • 日誌~日々の気づきなど~

    日記ではなく日誌を書く。 大切なのは決意したことではなく、決意を持続することだ。

  • デグーと暮らす

  • お昼休みのあれこれ【過去のチャレンジ】

    一時期のお昼休みに書いていたアレコレです

  • ノート【実験とその気付き】

    未来の材料です。新しい発見を記録として残しています。 あなたの気付きの足しにどうぞ。

最近の記事

日誌(1/365 変化し続ける自分と)

2024年が始まりました。 また、久しぶりにnoteに戻ってきました。 ついつい置き去りにしてしまうけど、ふとしたときに戻ってくる。 という場所にnoteがなりつつあると思う。 もっとコンスタントに書きたいと思っているのだけど。 さて、本題に移りまして、1月1日ならでは?のことを書きたいと思う。 昨日までの1年間、変化がとても激しい毎日だった。 毎年のように思うことだけど、2023年も変化し続けた1年だった。 昨年ならでは変化だなぁと感じたことをざっと書いてみる。 ●引っ

    • 日誌(24/365 今日しか書けないと思ったから日誌を書く)

      「○○しかない」「○○だけだ」という考え方が苦手です。 「本当に?」と疑いたくなってしまう。 相手を信じていないつもりではなく、その他の選択肢はどこへ行ってしまったのだろうか、と思う。 だから、AとBがあってどちらを選ぶかという考え方や提案の受け方が好きです。 そんなことを書き出した私ですが、今日しか書けないと思った次第です。 明日に私は誕生日を迎えます。 今の年齢で日誌をかけるのは今日まで、だから今日しか書けないと思った。 でも、たぶんその考え方は違うはずで。 昨日だって

      • 日誌(23/365 タイムボクシングを試している話)

        最近、Audibleをよく聴いています。 そのなかで、個人的ヒット作はこちら こちらの本によれば、私の時間との向き合い方は「浪費家」かつ「悲観主義」でした。 本書におけるそれぞれの言葉の定義は、別の機会に書くとして、「浪費家」への処方箋はタイムボクシングだった。 タスクをカレンダーにはめ込むことで、どの時間に何をするか見極める。 また、その日に実行することを洗い出して、自身のスケジュール、カレンダーに組み込む。 実践してみて、すぐに気づいたことは「明らかに足りない」という

        • 日誌(22/365 noteから離れて気づいたこと)

          noteの作成からすっかり遠ざかっていた。 理由はいろいろあって、引っ越し、仕事、その他の予定などなど。。。挙げるとキリがないけれど最大の理由はカタチにこだわっていたことだと思う。 デスクに向かって、よし書くぞ!という気持ちを作って、noteを作成する。そんな日を待っていたが来なかった。書けるならカタチにはこだわらない、この記事はリビングでクッションに横たわり、リラックスして書いている。それでも書けている。とても楽しい。 noteを離れて気づいたことは他にもある。 私にとっ

        日誌(1/365 変化し続ける自分と)

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          31本
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          5本
        • お昼休みのあれこれ【過去のチャレンジ】
          6本
        • ノート【実験とその気付き】
          6本
        • ポリシー【偏愛の言語化】
          10本

        記事

          日誌(21/365 補助線があるとちょうどよい話が)

          この日誌は金沢から京都にむかう特急サンダーバードの中で書いています。 1月末から2月中旬にかけて、神奈川、岡山、島根、大分、富山とあちこち出張している。とても疲れるけど出張は大好きで、見たことない景色、行ったことない土地、食べたことない食べ物に多く出会える。おそらく、人一倍疲れやすいし、帰宅後の気の抜けようは凄まじい。けれど、出張は大好き。生涯現役という方がいらっしゃるように、私は生涯出張で生きていきたいと思う。 さて本日の本題は、補助線についてです。 実は、上の文章でも補

          日誌(21/365 補助線があるとちょうどよい話が)

          日誌(20/365 何度も読み返したい本を発見した)

          あっという間に2月ですね。 どこかで見聞きしたことですが、年齢を重ねるほど月日の経過を早く感じるそうで。 長く生きるほど、1年、1か月、1日など単位当たりの時間が相対的に小さくなっていくため(諸説あります)。 10年生きた人の1年は1/10(10%)であり、100年生きた人の1年は1/100(1%)である。1%の時間は相対的に見たとき小さくなるため、時間の流れが早いそう。絶対的に見たとき同じ1年であるにも関わらずという具合です。 諸説あって、新たな刺激の量が減少していくためと

          日誌(20/365 何度も読み返したい本を発見した)

          日誌(19/365 育ちの力はすごい)

          昨日、街をぶらぶら歩いていると育ちの力を感じた。 予定よりも早めに現地に到着して、2時間ほど余裕があった。 時刻は12:30、次の予定は14:30くらい。 ちょうどお昼どきだ。どこかで外食しよう。 そう思って、街をぶらぶら歩くことにした。 何度か歩いたとおりで、前回は餃子の王将に入った。今回も王将にしようかなぁ。 と思ったけれど、まだ時間の余裕はある、もう少し探せるのでは? さらに歩みを進めると大きな通りの交差点に出た。 交差点は、牛丼屋さん、ハンバーガー屋さん、たこ焼き

          日誌(19/365 育ちの力はすごい)

          日誌(18/365 週末をむかえるに思うこと)

          完璧を目指そうとしないということ。 自覚症状はあまりなく、それこそが性質が悪いと思ってしまう、 私は完璧主義だったり、神経質だったりする一面がある。 訂正しよう。かなり色濃く完璧主義や神経質である。 まとまった時間をつかって考えたい、取り組みたい。 最後までやらなければならない。 そう思うと、重い腰があがらず、やりたいことに着手できなかった。 という数えきれないほどのの週末があった。 0か100か、みたいな過ごし方になっている。 0だった自分を責めて、月曜日の朝から負い目

          日誌(18/365 週末をむかえるに思うこと)

          日誌(17/365 1000文字書く力が欲しい)

          無いものねだりの話。 私が書く日誌は1回あたり、400文字から600文字程度。 作文用紙にすると1枚から1.5枚程度。 でも、本当は1000文字は書きたいと憧れている。 noteの記事を書いていると、今が何文字目か表示される。 今、この段落でおおよそ100文字程度。 きっとあと200文字から300文字くらいでこの記事も適当な具合の着地点を見つけて結んでしまう。 もっと書けたらよいのに結んでしまう。 長々書くくらいなら閉じてしまえ。 もう一人の自分が記事を見ながら、そう言っ

          日誌(17/365 1000文字書く力が欲しい)

          日誌(16/365 夜にシャワーを浴びて思うこと)

          先ほど、シャワーを浴びてきた。 普段は、朝にシャワーを浴びることが習慣化しているけれど、 今日は夜に浴びてみた。 そんな他愛のない話。 なぜ朝にシャワーを浴びるのか。 出かける前の仕度のひとつとして、また寝起きでぼんやりした頭を覚醒させる手段として、きっといくつかの理由があって朝にシャワーを浴びている。 なぜ夜にシャワーを浴びるのか。 一日の汗や汚れを落としてすっきりするため、仕事でたかぶった気持ちを静めるため、同じくいくつかの理由があって夜にシャワーを浴びている。 ど

          日誌(16/365 夜にシャワーを浴びて思うこと)

          日誌(15/365 デスクトップを整理してすっきり)

          先ほどまでデスクトップを整理してきた。 自宅用と業務用、それぞれノートPCのデスクトップがすっきりしました。 年末にやろうと思って、すっかり手つかずだった。 いざ整理してみると、ずいぶん昔のファイルもあって、 昨年9月に更新したきりデスクトップに駐在していたファイルもいた。 懐かしいなぁと思いながら、3か月以上放置していたことを申し訳なく思う。 今日までの間の自分は、デスクトップが散らかってきたなぁ、そろそろ整理したい、年末こそは整理しよう、そう思って先延ばしにしてきた。

          日誌(15/365 デスクトップを整理してすっきり)

          日誌(14/365 ポジショントークが苦手という私のポジション)

          「○○として、△△すべき」という議論が苦手です。 例えば、DXプロジェクトメンバーとして、社内全体のDXを推進すべき、みたいな感じです。 詳しく言うと、他の人が話している分には気にならないけれど、自分がその類の話をすることに抵抗がある、ということです。 ○○として、という一定のポジションをとることで、 ●●として、という別のポジションに移動することが難しくなったりしないかな?と考えているためだと思っています。たぶん。 ただ、あらゆるプロジェクトや団体の活動に参画しない、って

          日誌(14/365 ポジショントークが苦手という私のポジション)

          日誌(13/365 どんど焼きに行って感じたこと)

          どんど焼きに行ってきた。 毎年の恒例行事として、年末年始は玄関飾りを取り付け、時期が過ぎたらそっと取り外していた。今回、購入していた玄関飾りはこちら。 とはいえ、実家を出てから、どんど焼きのタイミングで持って行けたことは一度も無く、時期が過ぎてから神社へお焚き上げのお願いに行っていた。 実家ではどんど焼きは、たいせつな行事として扱われ、必ずその日のうちに神社に行き、玄関飾りや諸々の飾りをお焚き上げしていた。 今日は、近所の神社に行って、どんど焼きの火の中へ玄関飾りを入れて

          日誌(13/365 どんど焼きに行って感じたこと)

          日誌(12/365 やりたいことをやれているか)

          やりたいこととやらなければならないことは必ずしも一致しない やりたくなくても、やらなければならないこともある 「やらなくちゃ」と自発的に取り組んでいることも、実は誰かにやらなければならない、と刷り込まれ自分でやりたいと思っているわけではなかったりもする というのも 一日を過ごしていると、家の中でいろいろなものが呼びかけてくる ゴミ箱から「ゴミをまとめて捨てなくていいのか?」 食器の洗いかごから「昨晩洗った分は食器棚に戻さなくていいのか?」 本棚から「先週末に買った本は読まな

          日誌(12/365 やりたいことをやれているか)

          日誌(11/365 リビングが広い)

          我が家には食卓テーブルが無い、椅子も無い。 食事の時は折りたたみテーブルを出してきて、地べたに座る。 以前は、食卓テーブルもそれに付随する椅子もあった。 ほどほどに大きくて、使いやすいテーブルだった。 ただし、部屋のレイアウトに合っていなかった。 私と妻が椅子の座るためのスペース、日常の生活動線を設定したとき、 どう考えても狭い。 ある時は妻が私の後ろを窮屈そうに通ったり、 またあるときは私が扉を開けたときに妻の椅子に接触する。 これではいけない。そう思った。 模様替えを

          日誌(11/365 リビングが広い)

          日誌(10/365 鞄の中身を全部出す)

          帰宅後、すっかり習慣になっていることがあります。 鞄の中身を全部出すこと。 もっとも使用頻度が高い、仕事用の鞄の中身は大体こんな感じ ・業務用PC ・モバイルバッテリー ・A5のノート ・お気に入りのボールペン ・オレンジの蛍光ペン ・ハンカチ ・消毒用アルコール ・スタバのマイボトル ・社員証 ・長財布 ・カードケース 多少の前後はあったとしても、大幅に変わることはない。 毎日出し入れしているから、何が入っているか、おおよそ把握している。 以前、仕事用の鞄に入れていたも

          日誌(10/365 鞄の中身を全部出す)