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リーディング小説「お市さんforever」第二十七話 女に生まれた事を誇りに思う一生を生きる


女に生まれた事を誇りに思う一生を生きる

賤ケ岳で秀吉と戦って破れた勝家はわずかな手勢と、ボロボロになり城に転がるように戻ってきた。秀吉率いる大軍は勝家達を追いかけ、ぐるりと城を取り囲んだ。

私は城の中からその様子をじっと眺めていた。まるで他人事のように、驚くほど何の感情も湧かなかった。北ノ庄城が落ちるのも時間の問題だと知り、娘達をこの城から逃すタイミングだけを見計らった。
城に残っていた者達は、着々と籠城の準備をしていた。みな勝家と運命を共にする覚悟だった。
けれど勝家は一言
「その必要なし!」
と叫び
「代わりに、この城に残っているありったけの食料や酒を出せ!
大宴会をするぞ!」
と言った。
男達は大きくざわめき、おおっ!と歓声を上げた。
私は胸に手を置き、勝家は秀吉に降伏せず城と滅ぶころを選んだことを知り、大きく深呼吸した。

誰もがこの宴会が、死の船出前の大宴会だと知っていた。
けれど誰もその場から離れたり逃げなかった。
疲れ果て座り込んでいた者も、負傷して横になっていた者もみな、顔を輝かせ「よっしゃ~!!飲むぞ!歌うぞ!」と立ち上がった。
男も女もこぶしを突き上げ、喜びに沸いた。

そこにはやけっぱちの空元気でなく覚悟を決め、この世に別れを告げた潔さがあった。私は改めて彼らを見回した。
これまで勝家と共に、戦ってきた者達
勝家を慕っていた者達
その身を勝家に捧げていた者達
彼はこんなにも、家臣に愛されていたことを知った。
死の淵まで追い詰められてもみな勝家と共に命を散らし、黄泉の国へ連れ添うことを決めていた。
勝家がこんなにも愛されていたことを、見て見ぬふりをしていたのは私だけだった。この期に及びようやくそれを受け入れた私の口に、苦い味が広がるった。私が心から勝家を支え、共に滅びることを選べたのなら、もっと幸せだっただろう。
でも、仕方がない。
心は理屈では、動かせない。
生理的なものは、身体を偽れない。
私の心も身体も濡らし愛を刻み込んだのは、長政さんだけ。私は自分に嘘をつけない苦さを飲み込み、侍女に娘達の荷造りをするよう命じた。やがて侍女に連れられ、三人の娘達が不安そうな顔でやってきた。

「母上、これはどういうことな?
なぜお城が囲まれているのに、こんなことをしているの?」
酒がまわり大声で歌ったり踊る異様に盛り上っている宴会を横目で見ながら、茶々が言う。
私は茶々の手を握って言った。
「茶々、初と江を連れて、今すぐこの城を出なさい。
羽柴秀吉には、もう話を通しています。
あなた達は秀吉の元に行き、そこで生きていくのです」
「母上、母上も一緒ですよね?」
食い入るような目つきで私を見つめた茶々に、私は首を振った。
「いいえ、私はこの城に残ります。
父上とこの城で最後を迎えます」

その言葉を最後まで聞かず、初と江は激しく泣き始めた。
私は二人を抱き寄せ、幼子にするようにやさしく頭を撫でた。
「この身がなくなっても、いつもあなた達を見守っています。
あなた達がこれから歩む人生は、必ずしも思う通りにならない時もあるでしょう。
それでも、そこで精いっぱい生きるのです。
自分を貫くのです。
後悔せぬよう、生き抜きなさい。
私は私なりに生き抜きました。
もうこれで良いのです」

その時、鋭く茶々が言った。
「母上は、本当にそれでいいの?
父上と一緒に旅立っていいの?
父上を愛しているの?」

「女には、いろんな愛のカタチがあるのよ、茶々。
私が生涯、妻として愛していたのはあなた達の父の長政さんだけ。
だけど勝家にも愛はあるの。
私達は共に同じ方を向き、戦ってきた同志。
そんな愛でも、男と女は一緒にいられるの。
その夢が破れた今、共に最後を迎えるのがふさわしい」

「あのくそおやじ!
母上を巻き添えにするのね!!」
思わず、プッと笑った。「私の本心を読むなんて、さすが、茶々。
私の娘」と心の中で拍手喝采した。そして茶々の目を見て「そのくそおやじを再婚相手に選んだのも、私だから仕方ないわ。
でも、覚えていて。
心は自由なの。
誰にも縛られない。
身体は誰かのものになるかもしれない。
それが意に沿う相手とは限らない。
だけど、心だけはしっかり持っていて。
心は自分だけのもの。
決して自分以外のものに与えたり、支配させてはダメ。
私はこう見えてもいつも、自分に正直に生きて来た。
だから、自分の選択に後悔していない」
堂々と胸を張って言った。
「母上・・・」
まだ何か言いたそうな茶々はぐっと唇を噛みしめ、涙をこらえていた。

私は改めて茶々を見つめた。この娘は一番私に似て、聡明で美しい。
これから秀吉の元で、嫁に出されずずっと傍に置かれるかもしれない。
だけどその選択は、この子に任せよう。
茶々なら、きっと大丈夫。
そしてしっかりと茶々を抱きしめて、伝えた。

「初と江をお願いね。
でも、茶々も自分の人生を歩むのよ。
誰かのために生きるのではなく、自分のために生きるのよ」
そしてもう一度、三人の娘達を順番にぎゅっ、と抱きしめ伝えた。
「愛しているわ。これからも、ずっと。
女に生まれた事を恨まず、女であることを誇りに思う一生を生きなさい」

それだけ伝えると娘達の背中を押した。
「さぁ、もう行きなさい。
この城はじき、火に包まれます。
そうなる前に、立ち去るのです」
「母上・・・」
「母上!」
「母上~~!!」
娘達がそれぞれ声を上げた。

私はその声に引きずられないよう耳を塞ぎ、心の中で涙を流した。心を鬼にし、侍女を呼んだ。侍女は彼女達を無理やり引きずるように城を出て行った。私は彼女達の姿が見えなくまで見送った。
「わしを恨んでおるか?」後ろから勝家の声がした。
私は、そりゃ、そうでしょうよ、と心の中で思いながらも黙った。
勝家は、おずおず「もし・・・もし、姫たちと一緒に行きたいのなら、あの、あの、この城を出ても良いぞ・・・・・」と言った。
もう、遅いわよ!と心の中で叫び、勝家を振り向き笑って言った。
「いいえ。
恨んでなんかないわ。
あの子達は、未来がある。
だから行かせたの。
でも、私は違う。
私の心は、もうとっくに死んでいるの。
だから勝家、あなたには感謝しているのよ。
やっと、この身を手放し自由になって行きたいところに行ける。
それを与えてくれたのが、勝家、あなただった」
私は微笑んだ。その笑顔はきっと、すべてから解き放たれたように美しかったはず。

「なら、わしは・・・
わしは最後にようやく、お市様を幸せにできたんですなぁ・・・・・・」
額に深いしわを寄せ、勝家はぽたぽた涙を落としながら言った。
「そうよ、勝家。
あなたのおかげよ。
あなたの妻になったからこそ、こうやって人生のエンディングを迎えられるの」
私は初めて、やさしく勝家を抱きしめた。
「あなたと結婚でき、わずかな時間だったけど穏やかに過ごせて幸せだった。娘達にもあたたかい家庭を与えられた。
あなた、よくここまでがんばったわね。きっと兄上もあなたを誇りに思うはず」

「の、長様が、このわしを、ですか?
わしは信長様に、顔向けできるんでしょうか?」
「まぁ、あなたったら最後まで自分責めがすきなのね~!
大威張りで、兄上に会えばいいのよ。
よくやった、とほめてもらえるわ!
もしそうでなければ、私が加勢してあげるから!」

「お市様・・・」
勝家が激しく泣き出しそうだったから、その前に私は手を差し出した。
「さぁ、勝家、私を連れて行ってちょうだい。
もうそんなに時間は残されていないわ。
旅立つ準備をしなくては」
「ははぁ!!」
勝家は顔を上げ、家臣を呼んだ。

いよいよだ。
もうじき私はこの身から自由になれる。
解き放たれる。

私は一番すきな着物に着がえ、その時を待った。
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しなやかに生きて幸せになるガイドブック

あなたは今、どんな愛のカタチを生きていますか?
女に生まれた事を恨まず、誇りに思って生きていますか?

思いは、いつでも変えられます。
いろんな愛があります。
あなたは何を選んでもいいのです。

自分でいることを誇りに思い、女に生まれたことを誇りに思い胸を張って生きましょう。

それが、女性のしなやかさ。


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