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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第十四話 I am a woman 女の戦

I am a woman 女の戦

鶴丸が私の元からいなくなった・・・・・・
この世を去った・・・・・・
私は呆然としたまま、まだ実感がない。

朝、目が覚めると無意識に鶴丸の姿を探す。
いつものくせで
「鶴丸は、今朝はどうした?」
と大蔵卿局に尋ねる。

彼女は、目を赤くし
「鶴丸君は、旅立たれました・・・」と、たもとで涙をふく。
彼女の言葉と姿を見て、私は永遠に鶴丸を失った事を思い出す。思い出すと同時に、心が切り刻まれ血があふれ出す。私は自分の身体に触れた。

手は、鶴丸の大きさを覚えている。
胸は、鶴丸のあたたかさを記憶している。
唇は、鶴丸のやわらかさを記している。
目は、鶴丸の姿を写している。
耳は、鶴丸の声を留めている。

身体の一つひとつが、鶴丸を刻印していた。
私は身体全部を震わせ泣く。
涙は止むことのない雨のように、ポタポタ流れ落ちる。
声も出ず、とめどなく目から塩辛い水が出る。

私の手は鶴丸を求め、空をさまよった。
目はどこかに鶴丸が隠されているのではないか、とあらぬ方を見る。
夢遊病者のようにふらふらと部屋をさまよう私を、泣きながら大蔵卿局が抱きしめた。

私達は抱き合って泣いた。周りにはわからないが、私達は鶴丸の母と鶴丸の祖母として、深い悲しみと喪失感を分け合い泣いた。
だが私は、一番悲しみを分け合い寄り添ってくれる治長と、目を合わさなかった。今の私に、彼の悲しみまで受け入れる余裕はない。ひたすら自分の心と身体が、ブラックホールのような闇に飲みこまれないようにするだけで精一杯だった。

秀吉に至っては、さらに落胆が深かった。
この年の一月、彼は相談相手であり、唯一彼に厳しいことも言えた弟の秀長を病気で失った。
二月は相談役でもあった茶人、千利休を切腹させた。
秀吉は鶴丸を始め自分を取り巻く大切な人々がこの世を去り、あの世の近さを感じた。
世間や家来達は「鶴丸君の死は、千利休の呪いだ」という噂まで流れた。

だが秀吉はそんな噂を蹴散らすように、驚くべきことを決めた。
「朝鮮出兵」という無謀な計画だ。
鶴丸を失った悲しみを他のもので埋めるように、秀吉の野心は海を越えた朝鮮に向いた。
戦に気持ちを向けることで、溺愛した我が子の死を乗り越えようとした。
彼は朝鮮出兵にあたり、九州に名護屋城を作るよう命じた。

私の目から悲しみの幕がはらり、と落ちた。そして戦が彼なりの鶴丸の死の乗り越え方だ、と知った。
秀吉の立ち直り方に目をみはったと同時に、私は自分の足元がぐらついている事に気づいた。

鶴丸がいた時は、豊臣の跡継ぎの生母、という揺るぎない地位があった。
が、今は何も残されていない。
次に私と同じことをする女が現れたら、私はもう必要ない。
それだけは、何としても避けねばならない。

私は夢から醒めたように、現実に引き戻された。
鶴丸が残した「秀吉の子供を生んだ」という事実を、また作るのだ。

私は手を叩き、大蔵卿局を呼んだ。
「治長を、ここへ」
その言葉だけで、彼女はすべてを理解した。

その夜、静かに私の部屋の襖が開いた。
そこに憔悴したやつれた顔の治長がいた。座ったまましゅるり、と部屋に入り襖を閉めた彼に、私は立ったまま命じた。
「私を抱きなさい」

治長は黙ったままそばにきて私を抱き、着物の袖を抜いた。
私の身体は固かった。以前、治長に与えられた官能は、鶴丸を失った悲しみで封じられた。「淀様、身体の力を抜いて下さい」治長は、耳元でささやいた。

「淀、などと呼ばないで。茶々でいい」
「茶々様!」
小さく叫ぶと、治長は乱暴に着物をはだけ、乳房にむしゃぶりついた。
「あっ・・・・・・」
封印は、いとも簡単に破られた。

愛する子供を失った後なのに、身体は彼の愛撫に敏感に反応し濡れ始めた。心は悲しみに満たされているのに、身体はすでに治長を欲しがっていた。空白の時間があったと思えないほど、私と治長はすぐに一つになった。
治長は私の中に入りながら、うめいた。

「あなたは、したたかな女だ。
だがそんなしたたかなあなたに、すべてをささげる。
欲しいだけ、私の子種をあげます」

耳元でささやいた治長の舌が、蛇のように耳の中をかき回す。
指は私を貫ぬいたまま、一番敏感な突起に触れた。
いくつもの快感に、身体中がしびれた。
私はもう我慢できず、声をもらした。
雷に打たれたように、全身にビリビリと快感が走った。そしてあの波がやってきた。

「受け取るわ、すべて!」
息も絶え絶えに治長の背中に爪を立てたままそう告げると、私は大きな波に飲み込まれた。溺れるように波に飲みこまれ、私は自分が封印した波に飲まれるのを恐れながら、欲しがっていたことを知った。

I am a woman

私は女だ。

治長が言ったように、したたかな女だ。

それの何が悪い?!

子宮にずん、と響くエクスタシーが頭の先から爪先まで走り、私の身体は大きくしなった。波に溺れながら、私は鶴丸を失った悲しみと引きかえに、どこかで喜んでいる自分がいることを知った。

私は今の自分から、自由になる。
私のまなざしは、未来に向ける。

秀吉がその悲しみを戦で埋めるなら、私は男で埋める。
男からもたらされるエクスタシーで、新しい命を作る。

それが女の戦のやり方だ。

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