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X先生の塾日誌2

vol,4  メッセージ


宇宙人先生の人気は相変わらずだった。

教室長はそんな人気にあやかって「宇宙人先生になんでも質問できる会」を開くという。

早速参加を募ったところ、生徒保護者の反響は凄まじく、塾よりも広い会場が必要になるほどだった。

「ど、どうしましょう。私そんなにアドリブ強くないんですが」と、宇宙人先生は珍しく緊張していたけれど、地球に来てわずか半年で「アドリブ強くない」って言えてる時点で余裕で大丈夫だと思う。


当日は色んな質問が出た。宇宙人先生自身のこと。住んでいた星のこと。初めての宇宙旅行はどこへ行ったのか。なぜ地球へ来たかったのか。

宇宙人先生は一つずつの質問に、時にはユーモアも交えながら、丁寧に回答していった。見ていて徐々に緊張が解けていくのもわかった。やはり心配は無用だったなと思ったそんな頃だった。

一人の生徒がこんな質問をした。


「勉強ってなんのためにするんですか?」


塾主催のイベントにおけるふさわしいんだかふさわしくないんだかよくわからないど直球の質問に、会場が一瞬しいんっとなった。宇宙人先生は微笑みながらこう返した。

「その言い回しは、勉強のことがあんまり好きじゃないみたいですね」

生徒が自信満々に頷いた。宇宙人先生は笑った。

「実は私もそうでした。勉強、とても嫌いだったんです。少し、私の話をしてもいいですか?」

その生徒が再び頷く。会場も興味津々といった感じだ。

「私ね、子どもの頃はすごく荒れていました。私の星にも学校があるんですが、学年順位はいつもビリの方。授業もよくサボっていました。皆さんは絶対に真似しないでくださいね」

会場から笑いが起こる。

「特に数学や理科が嫌いでね。こんなの何のために勉強するのかって、いつもどこかイライラしていました。だけどね、そんな頃…」

会場中が集中して聞いているのがわかる。

「私の星で宇宙船が発明されたんです。多くの人が宇宙へ旅に出て、新しい発見を次々と星に持ち帰りました。私の母は治らないって言われていた病気だったのですが、そのおかげで治療薬が見つかって、元気になりました。それで気付いたんですね」


宇宙人先生が少し間をつくる。


「宇宙船をつくるのにも数学や理科の知識が必要です。宇宙を旅するにももちろん必要。そんな知識を持った人たちがいなければ私の母はきっと救われていなかったでしょう。なんなら、自分が着ている服や食べているご飯や住んでいる家をつくるのにもその知識は重要だと、当時、今更ながら気付いたんですね。勉強って、意外と役に立つんだなと」


質問をした生徒が食い入るように宇宙人先生を見つめている。


「もちろん勉強で手に入るのは知識だけじゃありません。勉強をすることで、頑張り方や考え方、自分の特性や工夫の仕方や嫌いなものとどう向き合えばいいのか等についても学ぶことができます。そしたら、それはスポーツでもお仕事でも人生でも何にでも活かすことができますね」

何人かがうんうんと頷いているのが見える。質問をした生徒はまだ目を逸らさず微動だにしない。

「あ、好きな子と会話する時にも勉強で得た知識や学び方って役立ちます。勉強が得意だと勉強教えてって言われてコミュニケーションの機会が増やせますし」

少し笑いが起きる。

「さらに、勉強をしていると、周りの人が喜んだりすることもあるんです。私の母は私が勉強しているとそれだけで喜んでいました。夜食が豪華になりました」

大きな笑いになった。


「それに、勉強がなければ、私はこうして皆さんに出会うことができませんでした。勉強は、私に宝物のような経験をくれました。だから、あくまで個人的な意見にはなるのですが、私は思うのです」


みんながごくりと息を呑んだ。


「勉強って、誰かを幸せにするためにするんじゃないかって」


その瞬間、生徒の目が見開いた気がした。たしかに、その言葉の響きは、なんだかそこにいるすべての人の心にしっかり届いた感じがした。

宇宙人先生がその子と目を合わせる。


「そして、その誰かには、自分自身も含まれているということを、何卒忘れないでくださいね」


質問会は大盛況だった。その場で早くも第二回の話が出るぐらい。教室長はすこぶる乗り気だったけど、宇宙人先生は「もう勘弁してください」と言っていた。


会の後、僕は録画した動画をチェックしながら、ある言葉に違和感を抱いていた。一度巻き戻す。再生する。画面の中で銀色に輝いている宇宙人先生がこう言っている。

「なんなら、自分が着ている服や食べているご飯や住んでいる家をつくるのにもその知識は重要だと…」


…あれって服だったのか。


つづく

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