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文学の同人誌を作って頒布するまで #2(タイトル決め・後半) - 文フリ東京92日前

議題:(今度こそ)雑誌のタイトル、どうする?

石田「あらためて、今回こそ同人誌のタイトル決定編なわけですが」
鈴木「前回決まらなかったですもんね……」
石田「深夜まで粘って、雑誌全体を貫くコンセプトとして『観察』というキーワードまではなんとか見出したものの……」
鈴木「みんな眠くなっちゃいました」
石田「そこで満を持して今回です! とはいえ、そもそも雑誌のタイトルってどうやって決めるものなんですかね? 『いいタイトル』ってなんなんだろう」
鈴木「『いいタイトル』!? なんというビッグ・クエスチョン……」

石田幸丸:最近『ゴールデンカムイ』を通読。本記事執筆中に女性誌『non-no』がアイヌ語の「花」に由来すると知って驚き。
鈴木三子:途中まで借りて読んでた『ダンジョン飯』をついに購入。私、この〆切が終わったら、
イラスト集とキャラクターブックも買うんだ。

いい同人誌タイトルには、語感と「いま」がある

その①『クジラ、コオロギ、人間以外』(犬と街灯)

鈴木「そういえば、前回の文フリで“タイトル買い”した本がありました。『クジラ、コオロギ、人間以外』っていうんですが」

石田「なるほど?」
鈴木「これ、サブタイトルが『ノンヒューマン歌唱アンソロジー』っていうんです。七五調のタイトルのインパクトと、内容説明の合わせ技一本という感じで、凄くいいなと」
石田「なるほど! 人間以外で歌うもの、ということですか。意外性のある言葉の組み合わせだけど、背景がわかるとスッキリしますね」
鈴木「企画された谷脇栗太さんによると、もともとは語感のおもしろさから考えられたタイトルみたいです」

今四半期はクジラとコオロギが話題になりましたが、だからどうということはなく、ふと浮かんだ「クジラ、コオロギ、人間以外」というフレーズが気に入ったのでテーマにしました。素直に鳥とかでもいいし、無生物の歌でも、クジラやコオロギや人間の不在にフォーカスしてもOKです。

クジラ、コオロギ、人間以外』(強調引用者)

石田「なるほど……。2023年、大阪湾に鯨が迷い込んだり、コオロギを使った高校給食がSNSで炎上したりしたんでしたね」
鈴木「そういえばそんなこともありました」
石田「でもたしかに、われわれの編集会議でも『語感』は大切にしたいという意見も出ていました」
鈴木「ですねえ」

その②『Twitter終了合同』(Twitter終了合同)

鈴木「あとは、『Twitter終了合同』も良かったな」
石田「ふむふむ」

鈴木「同人誌としては、2023年5月の文学フリマ東京36で頒布されて、ものすごく話題になりました。その後中央公論社から書籍化もされたんですよ」
石田「われわれのメンバーの原石さんも、書店で見かけて気になったと言っていましたね」

石田「イーロン・マスク氏によるTwitter社の買収と『X』への改名騒動が2023年の3月から7月にかけてですから、まさに時代の記録ということでしょうか」
鈴木「思わず手が伸びちゃいますよね。タイトルに偽り無しで、Twitterは『あの頃のインターネット』になるのだと迫ってくる読後感がありました」
石田「なるほど。時代性というか、『いま』を捉えているというのは大切な要素ですね」
鈴木「ですねえ」

いい商業誌タイトルには、批評性と情熱がある

その① 『すばる』(集英社)

石田「ちなみに、僕も、手元の雑誌のタイトルが気になってちょっと調べてみたんですよ」
鈴木「おお」
石田「たとえば、いわゆる純文学の雑誌だと

  • 『新潮』(1904年創刊、新潮社)

  • 『文學界』(1933年創刊、文化公論社→文藝春秋)

  • 『文藝』(1933年創刊、改造社→河出書房→河出書房新社)

  • 『群像』(1946年創刊、講談社)

  • 『すばる』(1970年創刊、集英社)

『五大文芸誌』なんて言ったりするんですが」
鈴木「ふむふむ」
石田「どれもわりあいに直球な書名なので、せめて創刊の辞なんかにヒントがないかなあと思って、古書店でいくつか創刊号を手に入れてみました。たとえば1970年創刊の、五大文芸誌のなかでは一番若い『すばる』

『すばる』創刊号(左)と、2022年7月号(右)

石田「B5判で、創刊号にもかかわらずいきなり〈変容の時代〉と題してマニエリスムの特集をやっていたり、表紙や各頁のカットにレオナルド・ダ・ヴィンチの作品を使っていたりと、今から見ても非常に斬新な構成なんですが」

『すばる』創刊号目次より

鈴木「へぇ〜。美術に詳しい方が編集されていたんでしょうか」
石田「それもあるでしょうけど、編集者が残した文章を読むかぎり、おそらくかなり戦略的に練られた方針のようです」

いわゆる純文芸誌は、読者であるぼくの人間的関心のごく一部にしか応えてくれないという印象を抱きつづけてきました。

月刊文芸誌がそろって月刊小説誌であったり、小説と評論を同じウェイトで扱うことが、わざわざ〈総合文芸誌〉と呼称する理由であったりする事情は、きわめて日本的な特徴です。情報の質は媒体を決定しますが、同時に、媒体は情報の質を決定します。

ぼくはここで、ことの是非を問おうとしているのではありません。ただ、政治から絶縁し、社会体制へのコミットメントを避け、思想と文学を別枠でとらえる慣習が、まさしく日本の近代小説の声域の狭さと重なっている点を指摘したいのです。

あびき・ひろし『編集者の手帖1 空論の効用』p.352(強調引用者)

石田「巻末に掲載された、編集長・安引宏さんによる随想です」
鈴木「熱量が伝わってきますね」
石田「ここから読み解くに……従来の文芸誌が『総合』を標榜しながら、じっさいは表現形式のうえでも、そこに描かれる人間理解のうえでも、きわめて偏った、ごくごく限定的な世界しか扱ってこなかったことへの強い批評意識がある」
鈴木「ふむふむ」
石田「安引さんは文末に『すばる』における3つの編集方針を挙げています」

1 文学を現代の文化的基盤のうえで捉えなおす。
2 縦軸に日本の伝統を、横軸にアジア・アフリカをも含む、現代の世界をすえ、変容の時代の本質的価値をさぐる。
3 現代の文学的所産の最良のもののみを伝統的・実験的の別なく収載する。

前掲書(強調引用者)

石田「だから、美術からはじまり、建築や文学にも影響を与えたマニエリスムという文化現象を特集したことや、レオナルド・ダ・ヴィンチという総合的天才を扱っていることは、おそらく偶然ではない」
鈴木「なるほど〜」

石田「そのうえで、あらためて“すばる”というタイトルを考えてみると、やはり森鷗外や北原白秋、与謝野晶子・鉄幹らが参加した明治時代の同人誌『スバル』のことは念頭にあるはず」
鈴木「国語の教科書とか資料集に載っているアレですね!」
石田「載っているアレです! ちなみに明治期の『スバル』のほうは、ベルギーの詩人メーテルリンクの詩誌『ラ・プレイヤード(昴)』から森鷗外が発案したようです(注1)。鷗外たちの『スバル』もやはり明澄な批評意識に貫かれており、当時優勢だった自然主義的文学とは一定の距離をとった耽美的・ロマン主義的な作品が多く掲載されました。
現代のほうの『すばる』が「かな書き」になっているのは、そうした伝統を踏襲しつつもつねに現代的なリヴァイズを欠かさないという姿勢のあらわれなのかもしれません」
鈴木「ふーむ、シンプルな言葉ですけど、いろんなコンセプト・コンテクストが重ねられたタイトルなんですねえ」

(注1:木俣修『スバル事始』p.217)

石田「じっさい、現代の『すばる』はとても声域の広い雑誌で、いろいろな作家が書いていますね」
鈴木「佐藤正午さんや、金原ひとみさん、そして昨年に新人賞の『受賞の言葉』がとても話題になった大田ステファニー歓人さんも『すばる』出身なんですね!」

石田「サークル『京都ジャンクション』として文学フリマに参加しながら、第167回芥川賞を受賞された高瀬隼子さん(サークルでは高瀬遊名義)も『すばる文学賞』でデビューされました。プロとしての創作でも、同人誌でも、高瀬さんの書かれるものにはどこかで日常生活における罠や希望が描き込まれているように思うんですが、読むたびにいつも心動かされ同時に勇気づけられます」

鈴木「文学フリマの大先輩! 個人的に大田ステファニーさんと高瀬さんはいま一番読みたい作家さんかも。『すばる』つながりがあったとは」


その② 『東京カレンダー』(東京カレンダー株式会社)

石田「あとは、つい買っちゃう雑誌としておなじみ『東京カレンダー』」

鈴木「おなじみなんですか?」
石田「つい買っちゃうんですよね……それはともかく、編集部の求人記事にタイトルの由来が書いてありました」

2001年に創刊された『東京カレンダー』。

その名前の由来は、”あなたの手帳のカレンダーを素敵な思い出で埋めたい”という想いからきています。

月刊誌編集部員募集

鈴木「へぇ〜」
石田「華やかで享楽的な誌面からは一転、真摯に読者と向き合おうとする情熱が感じられて、作り手の自己規定として興味深いなって」
鈴木「自分のキャラクターと役割をよくわかっている感じですかね」
石田「そうそう」

鈴木「そういえば、先日Xのスペースでお話を伺った『履歴書籍』さんは、雑誌の売りを一言で言えるようにした、とおっしゃっていましたね」

長いタイトルの本や、タイトルから中身が想像し辛い本はキャッチフレーズが必要。それ故に、売り子には事前の商品理解の時間が必要です。

キャッチフレーズは二秒で言い切れる文量がベストです。履歴書籍なら通り過ぎる人には「こんにちは、個人情報売ってます」となります。

履歴書籍『文学フリマ攻略 接客術

石田「個人情報が売られてたら、そりゃ買っちゃいますね」
鈴木「ですねえ」
石田「そういえば……結局、われわれ合同誌の“売り”ってなんなんでしたっけ?」
鈴木「ムムム」

いよいよ決まる合同誌タイトル・サブタイトル

まずはサブタイトル「小説を書くときいったい何が起きているのか」

鈴木「合同誌の“売り”、つまり編集部が考える一番おもしろい部分は、『小説を書くときいったい何が起きているのか』の探究です」
石田「なるほど、そうでした」
鈴木「今回、編集部のメンバーは作品を複数書く予定です。つまり、

  • 自分一人で書くもの

  • 他のメンバーと合作するもの(前半担当)

  • 他のメンバーと合作するもの(後半担当)

という三種類ですが、自分の書いた作品それぞれについて、分析美学の視点をふまえたインタビューを受ける」
石田「実験的な試みです」
鈴木「ふだんはそれぞれのジャンルで書いている書き手の『合作』という意味でも、『分析美学の視点をふまえたインタビュー』という意味でも、何が起きるかわからない。思ってもみなかったものが飛び出てくるかもしれない
石田「そうですね。そしてなにより、小説を『書く』『読む』とはどういうことなのか、徹底的に考える時間にしたい。そんな思いが『小説を書くときいったい何が起きているのか』という言葉には込められています……なんて、あっさりまとめちゃっていいんだろうか」

鈴木「じっさいの編集会議はここにたどり着くまでにほんとうに長い時間がかかりました! 議論がどうどう巡りになって頭を抱えて……」
石田「『はたして今この議論は必要なのか』という議論まで……」
鈴木「ひぃ」
石田「もちろん、議論を経てより深まった部分もあります! インタビューを掲載するからといって、単なる『自分語り』にはしたくないという意見も出ました。そこから更に一歩踏み込んだ、書き手自身にとっても読者にとっても興味深いものにしたいと。われわれなりの批評性の模索です」
鈴木「みんな情熱があることは間違いないですね」

タイトルは『Quantum』!

石田「タイトルは『Quantum』に決まりました」
鈴木「『くおんたむ』、と読むんですよね」
石田「SNS用の暫定アイコンもできたんですが、けっこう文字としても目を引きます」

デザイン:原石かんな

鈴木「『Quantum』って、どういう意味なんでしたっけ」
石田「英語辞書で調べてみると……」

① 量をもつもの(計量できるもの)
② 総量、総数
③ 分け前、取り分
④ 量
⑤ 量子。整数倍でしか変化しない任意の物理量における、その最小単位量

Oxford English Dictionary Online(2023修正版)2024年2月12日閲覧

鈴木「いろいろありますねえ」
石田「もともとはラテン語から派生した言葉で、16世紀ころには①の『量をもつもの』という意味で使われていたようです」
鈴木「けっこう古い言葉なんですね」
石田「ただ、現代ではやっぱり⑤の物理学用語としての『量子』のイメージが強いかもしれません」
鈴木「量子コンピューターとか、量子テレポーテーション、量子暗号……SFの世界みたいで心踊る言葉です」
石田「そして『量子』は、『観察』と切っても切れない関係にあります」
鈴木「『観察者効果』というやつですね!」
石田「そうそう。われわれはふつう、ものごとの状態は人間が観察していようがいまいがひとつに決まっていると考える。でも、量子のような非常にミクロな世界では、Aの状態とBの状態が共存していて、人間が観察を行うことではじめてどちらかの状態に決まるとされる。たとえば量子のひとつ『電子』は、人間が観測したときには粒子の性質を示すけれど、そうでないときには波の性質を示すといわれています」
鈴木「なんだか想像を超えていますね……でも、観察することで、はじめて見えてくるものがある——まさにわれわれの合同誌にぴったりな名前かもしれません!

石田「 なお、この流れで、合作テーマは『みること・みられること』に決まりました」
鈴木「こちらはスムーズでしたね〜 」
石田「それぞれがどうテーマを解釈するか、楽しみです」
鈴木「どうしようかな……」


時代を切り拓いたことばとしてのQuantum

石田「余談ですが、ちょっと面白いグラフがあるんですよ」
鈴木「ふむ」

Google Ngram Viewer より。2024年2月12日作成

石田「こちらは、Google Booksに登録されている過去数百万冊の書籍のなかで、“Quantum”という英単語が「どのくらい使われているか」を時系列で表したもの。縦軸は使われている頻度、横軸は本の出版年を表しています」
鈴木「なるほど」
石田「1900年に入って少ししてから上昇がはじまり、その後爆発的に増加して使われるようになっていますよね」
鈴木「なにがあったんでしょう」
石田「じつは、マックス・プランクが“Quantum”という言葉を使って量子論の最初の論文を発表したのが1900年なんです。それまでの物理学の常識を根底から覆す内容でした。発表当初こそ理解者に恵まれなかったものの、やがて時代が彼に追いついたとき、それまであまり存在感のなかったこの言葉は、一躍、時代の寵児となった」
鈴木「へぇ〜」
石田「そのインパクトは凄まじく、文学や哲学の領域でも『量子論』の影響を受けた文章がさまざまに発表されました。夏目漱石の弟子のひとりで、物理学者でもあった寺田寅彦も随筆でたびたび量子論について触れています。とはいえ人文系では1994年に大学やジャーナリズムを巻き込んだスキャンダルなんかもあり、いまではやや下火になっているかもしれませんが」
鈴木「いろんな議論を巻き起こした、まさに新しい時代を切り拓いたことば、だったんですねぇ」
石田「われわれの合同誌も、新しい表現を切り拓けるよう努力したいものです」
鈴木「そのためにも、まずは〆切ですね!」
石田「うーん……」
鈴木「え?」
石田「〆切を守れるかどうかは、ひとつに決まらない……」


というわけで、今回はこんなことが議論されました。


イラスト:鈴木三子

雑誌タイトル:Quantum
企画タイトル:小説を書くときいったい何が起きているのか
合作テーマ:みること・みられること
雑誌説明:小説を書く。観測する。そして見いだされるものとは。書き下ろした小説をもとに美学的な観点から創作者にインタビューをする試みです。

2024年1月28日 議事録

(おまけ)総覧!編集会議で出た全候補タイトル

小説ワークショップ2024:小説を書くときにわたしたちに起こったいくつかのことがら
AGON
敵対者 Antagonists
小説家の庭
令和六年 ある美学徒の日記 ―小説創作者5名の観察―
Written in Voices 小説の残響
小説を書くときいったい何が起きているのか【サブタイトル】
小説の魔法を解く
被験体たちの小説群
被験者たちの小説No.1-10

Amateur
ハン・文学
いい歳して、小説なんて書いて。
生成する我我
Imagine ―『特別企画 同人作家はいかにして“書く”のか 分析美学研究者がたどる想像と創造の過程(プロセス)』―
The Other Side. 《物語のウラガワ》
限界同人作家を5人集めて観察してみたら物語がうまれる瞬間が見えてきました。

Hocus-Pocus (ホーカス・ポーカス)
#〆切のある生活
This is a pen. ―だからわたしたちは筆をとる/別に書かなくても死なないし―
Horoscopes

作家性観測基地
作家性相互観測会
サッカセイ観測基地
恒星間通信
〆きれない
拝啓 もの書くあなたへ
さなぎのなかみ
いどをのぞく
サッカセイ探検記
頁のむこうをのぞいてみたら
紙背探訪
15の小説群と、創造的想像力をめぐる座談会

ちぐはぐ
あべこべ
わたしたちのちぐはぐさ
掛け違えのボタンたち
合同『しない』誌
挿げ替えの文学
Coda
小説、生けちゃいました
Palimpsest
プラナリア的文学
おてつき!
たたかう純文学
だから夜に小説は書かない方がいい
10の小説家と15人の小説家たち
なぜ小説は1人で書かれるのか
Quantum 【タイトル】
小説の神はサイコロを振る
量子論的創作のすすめ
シュレーディンガーの小説家たち


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