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[連載小説]アイス・スチール;チョコミント 序章 見ぬもの清し——知らなければ平気


<あらすじ>

 親友の娘、ミオの後見人になった怜佳は、非合法な仕事をしている夫ディオゴの横領から遺産を守るため、夫のビジネスパートナーである佐藤アインスレー、通称アイスを味方に雇い込もうとする。
 故障を抱え引退を考えていたアイスだが、感じるところがあって受け、白杖を〝操る〟整体師グウィンとともに、ディオゴの内縁の息子でもある一太たちからミオを護ろうとする。理系の知識を悪用してディオゴへの報復を謀る怜佳、グウィンは故国で叶わなかったことをミオに重ね、一太はアイスへの複雑な思いを持ち、それぞれが遺産をめぐる狂宴に加わっていた。
 そしてアイスは、行き違いを大きくしていたディオゴを相手に、一身を投げうった決着にでる。

序章 見ぬもの清しーー知らなければ平気

 日の入りがすっかり遅くなった初夏。
 国内最大の繁華街「ミナミ」の一角にあるこのエリアは、複数路線が乗り入れていることもあり、国内外の観光客の往来も多い。
 飲食遊興目的でやってくる人間に、定時で勤めを切り上げた会社員が加わって、夕刻の雑踏の密度はますます濃くなっていた。
 佐藤アインスレーは、浮かれた賑わいをみせる人々を横目に思う。
 飲食やエンタメ・アミューズメント施設が集まっているこの一帯が、かつては黒門くろもんと塀で仕切られた、広大な墓所だったことを知っている人間はどれぐらいいるのだろうかと。
 墓所だけではない。刑場と焼き場が並置されたこの場所で、推測ではあるものの、処刑されたのは毎年数百人以上といわれている。
 獄門台には晒し首が並び、罪人を運んで首を切る役目を負わされた者たちの住居まであったのだそうだ。
 その大きな墓所も時代を経るとともに移転し、刑場は廃止されることになる。
 当時の政府は、刑場だった痕跡を消そうと目論んだ。芝居小屋誘致にはじまった策は、遊郭や芝居小屋の移転や整理政策とリンクして、再開発が達成される。
 そうして大型遊興施設をそなえた現在の姿に変貌をとげたわけだが、過去の街の記憶は消しきれない。
 猥雑で悪所的楽しみの名残りが、ひょっこり顔をのぞかせる場所でもあった。


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