希咲 未來(きさらぎ みらい)

ー制度や福祉に救われたようで救われなかった私から見えてるセカイー

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どんなに"助けて"とつぶやいても。

どんなに、"助けて"とつぶやいても、 気づいてくれたのは、 身体目的の男たちだけだった。 10代は親がいなければなにもできない。 だけど、 その親が私にはいなかった。 いまでも、連絡先を知らない。 支援はどこにも繋がれなかった。 「児童養護施設や里親ではないから。」 あの時の私は どんどん闇に墜ちていってたと思う。 そこが"最後のセーフティーネット"だったし、 生きてくためには身体を売るしかなかった。 でも、いまの私は伝えることができる。 声をあげ

    • 「再解釈」

      14歳、あの日からのこと 私は人見知りの女の子だった。 人の視線が怖くて、前髪で目は隠してた。 私が書く字は小さかった。 「生きててごめんなさい」 「死にたい」 そんな女の子が14歳、裸足で逃げ出したあの日からのこと。 「再解釈」 19歳のとき、「性を買われる」という同じ経験をした人に出会い、手紙を渡された。 その時は再会できるとは思ってなかった。 連絡先は交換できなくて、 残ったのはその手紙。 ずっと、"宝物"として持ち歩いてた。 そして、私はその人に再会することがで

      • 24年前の今日、私は生まれた。

        あんな親だったから。 大嫌いな誕生日。 2024年の3月17日はお天気も温かい日でした。 買っておいたワンピースをはじめて着て、 行きたい場所に行ったり。 ずっとお会いした方に会いにいったり。 「この日に生まれてなければ」と思うこともある。 だけど、あんな親だったから、今の私がいる。 美しい景色。 美味しいご飯。 友だちとの笑顔の時間。 あんな親じゃなかったら、 なかった時間と「出逢い」 そのすべてに感謝です。 こどものときの傷みはなくならないけれど、 こどものとき

        • 私がホス狂を卒業できた理由

          「私は10代、歌舞伎のホス狂でした」 なりたくてなったわけじゃないんです。 気づいたら、なってたんです。 ある意味の「洗脳」に近かったと思います。 私の元担のこと、今思うと、好きじゃなかった。 だけど、たくさん褒めてくれた。 住まいを用意してくれた。 仕事を用意してくれた。 私のカラダを必要とした男たちからのお金を使って寂しさを紛らわせてた。 そこに"価値"があると思っていました。 なりより、大切にしてくれました。 「〇〇(歌舞伎での私の名前)は特別だよ」って、ずっと、

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          拝啓 私をいじめた同級生たちへ

          拝啓 私をいじめた同級生たちへ お久しぶりです。 出逢ったのは17年前。 最後に会ったのは中学校の卒業式。それからは8年も経ってしまいました。 私のこと、覚えていますか? 私はキミのこと、覚えています。 小学校と中学校の卒業アルバムは私の手元にはないけれど、 学校の風景、先生たちの名前、同級生の名前・・・ 写真がなくても思い出すことができます。 同級生だったキミはどうですか? 大人になった、私たち。 「おはようございます。」 「こんにちは。」 「こんばんは。」 普段使う挨

          拝啓 私をいじめた同級生たちへ

          これまで伝えてきたこと。

          これまで伝えてきたこと2021年から現在まで私はさまざまな取材を受けてきました。 なかには、名前を出さず、記事になったものも数多くあります。 ここでは「希咲未來」の名前を出し、形になったものをまとめました。 メディア新聞掲載 毎日新聞 「私は非行少女なの?逃げてきた彼女が受けた保護とは」(上) 2021年5月29日 「私は非行少女?家で耐えればよかったの」(下) 2021年7月8日 西日本新聞 「生きるために夜の街に逃げ込んだのに…貼られた「非行少女」のレッテル202

          これまで伝えてきたこと。

          私の生きた、消えない証

          半袖を着たある日 最近は半袖を着ることが増えてきた。 夏はもうすぐ。 私はふと、気づいた。 リストカットの跡がわかることを。 傷つけられるところは切り刻んだ 切れる場所はすべて切った。 顔、首、二の腕、手首、太もも、足首… 20歳頃までリストカットがやめられなかった私。 家庭、親に縛られていた10代。 ”父親とおんなじ血が流れているのが気持ち悪い” ”親のカケラを少しでもなくしたい” そんなことを想って切り刻んだ。 気づいたら朝になっていたこともあった。 性買売の

          私の生きた、消えない証

          過去最悪

          深夜の帰り道、みたニュース 私は日々、心が傷だらけのこどもたちと共に時間を過ごしている。 そんな日常で、深夜になった帰り道にこのニュースをみた。 死にたい、消えたい、でも、死ねなかった 私がたぶん、はじめて言語化できた感情はー死にたいーだった。 親からは暴力ふるわれるし、学校ではいじめられてる。 だけど、その”現実”は言葉にできなかった。 家庭や学校という名の「地獄」以外の場所があるとは知らなかった。 というか、興味がなかったのかな。 地獄以外の場所に行けるとは思ってな

          一時保護所の窓をぶっ壊し、飛び降りた私が思うこと。

          今、児童相談所は「管理」が徹底されている。 トイレに行くときは職員が外で待っている。 窓は開かない。 いたるところにある監視カメラ。 職員がいなければ部屋から一歩出ることも許されない。 異性と目を合わせてはいけない。 食事中は一言も喋ってはいけない。 食事は幼児さんでも残してはいけない。 なぜ、ここに来たのかを話してはいけない。 どこの学校か話してはいけない。 思い出せば、 まだまだ、「管理」の決まり事はある。

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          一時保護所の窓をぶっ壊し、飛び降りた私が思うこと。

          8月31日の夜に。

          今年もまた。 スマホの日付が今年もまた、「8月31日」になった。 少し前からこの声をいつもより多くSNSで見かけるようになった。 私はこの声を言わせてしまう社会に憤りを感じる。 学校に行かなかった、行けなかった私 私は「学校」という場所に良いイメージはない。 いじめられてたし、先生は親の味方だし・・・ 私、親のいる場所では死んだように生きていたから。 どこにも居場所はなくて、家出をした。 自然と学校にも行かなくなった。 高校は大人の都合で中退した。 学校に行かなかっ

          AV出演被害防止救済法のこと。

          成年年齢が18歳に引き下がるって決まった2018年。 「2022年4月1日約140年ぶりに成年年齢が「20歳」から「18歳」に引き下がる。」 それが決まったのは2018年6月13日。 このとき、私は性的搾取に巻き込まれていた。 ”AVに出るのがブランドで生きていくためには当たり前”だと思っていた。 制度や福祉ではなく、「夜の街」に生かされていた。 そんなときに聞いた「成年年齢引き下げ」 ”いいなぁ”って思った。 「成年年齢が20歳」であることが理由で部屋もなくて、ホームレ

          AV出演被害防止救済法のこと。

          史上最幸の誕生日

          誕生日は一番死にたい日だったいままでずっと、誕生日は 「この日に産まれなければよかった。」 「産まれてきてごめんなさい。」って思う日だった。 一年で一番死にたい日だった。 今年の私の誕生日日付が変わった瞬間から、たくさんの仲間たちから「おめでとう」って言われました。 起きて、たくさんの「おめでとう」って連絡がきました。 私をたくさんの人に繋げてくれた大切な仲間から 「おめでとう」って、電話きてびっくりしてw 私が「姐さん」って思ってる大切な仲間が 私がいままでで行ったこ

          「死にたい」って言われたらどうしたらいいと思いますか?

          「死にたい」って言われたらどうしたらいいと思いますか?そんなことを聞かれることがある。 私も「死にたい」人だった。 いまも、記憶に殺されそうになりながら生きてる。 死にたかった私が出したこたえ。

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          「死にたい」って言われたらどうしたらいいと思いますか?

          「またね。」

          私はずっとこの想いです。 私、前までは 「いじめがなくなってほしい。」 「虐待がなくなってほしい。」 って思ってたけど、気づいたんです。

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          あなたに届くようにと

          本当の強さは誰が教えてくれて 優しさは誰が伝えててくれた? 誰がいたから歩こうとして 誰に髪をなでて欲しかった? 誰があきらめないでいてくれた? 忘れないよずっと。 浜崎あゆみさんのwho...という歌の歌詞。 この歌は私が10代、めっちゃ聞いていた歌。 その歌を聞きながら 帰り道、思ったことを書いてくことにする。 はじめての講演会この浜崎あゆみさんの「who...」 ずっと10代聞いてたんだ。 あとね、 「A Song for xx」 この2つをずっと聞い

          あなたに届くようにと

          空白

          明日は初めての講演会。 だから、、、 私を生かして、殺した。 その街を歩いてみた。 私はこの街に生かされてた。 なにもかもない私が生きていけた唯一の居場所。 裏切りと嘘で成り立ってる街。 「大人なんか信じられない」って、 心を、感情を、殺した。 もしかしたら、 だから生きてこれたのかも。って思う。 私の唯一の友だちを殺した街。 だけど、 この街で生きてたから 「私だけじゃない」リアルを知った。 「亡くなった友だちの分も」 そうじゃない。 だけ