8月31日の夜に。
今年もまた。
スマホの日付が今年もまた、「8月31日」になった。
少し前からこの声をいつもより多くSNSで見かけるようになった。
私はこの声を言わせてしまう社会に憤りを感じる。
学校に行かなかった、行けなかった私
私は「学校」という場所に良いイメージはない。
いじめられてたし、先生は親の味方だし・・・
私、親のいる場所では死んだように生きていたから。
どこにも居場所はなくて、家出をした。
自然と学校にも行かなくなった。
高校は大人の都合で中退した。
学校に行かなかったその後
高校中退して、住む場所もなくなって、スマホもなくて、親とは絶縁。
「20歳に死ぬ」って決めてた。
だけど、いろんな出逢いでなんか、今日を生きてる。
ついでに言うと、今年、私は「高卒認定試験」っていう高校卒業程度の”資格”を受けた。
いつか全部合格できたらいいかなって。
あと、放っておけなくて、いろんな生きづらさを抱えている人たちと、
一緒に笑ったり、考えたり、出逢い続けてる。
推しのコンサート行ったり、行きたかった場所に行ったり、心から笑える時間がある。
「20歳で死ぬ」それだけがお守りで生きてた私はいま、「死ななくてよかった」って、思う時間がある。
「行かなくていいよ」とは言えないけど。
「行かなくていいよ。」って言えない。
「生きててほしい。」とも言えない。
無責任だと思うから。
だけど、一言だけ言いたいことがある。
「いま、息してるだけでえらいよ。」
こんな社会、死にたくなることもある。
というか、死にたいと思わないほうが凄いと思う。
だけど、この文章を読んでいるいまは生きている。
それだけでいいの。
えらいんだよって私は思う。
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