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【短編】独占禁止⑶
今、私は右手でペンを走らせている。しかし、時にそのことを見失うようである。私はまばたきをしたその瞬間、自分が文字を書いていること、それどころかペンを持っていることさえ認識できない。
もう手先の感覚がないのである。汗ばむほどに強く握りしめられたペンを、この乾いたまなこでじっと見つめていなければ、「ペンを握っている」という事実は嘘になってしまう。昨日から私は、視覚でしか手の運動を認識できなくなった。
この先、どんどんと感覚は失われていくだろう。これを書いている今でさえ、刻一刻と無感覚の範囲が広がっているようである。
一旦受けてしまえば、「検診」の効能からは逃れられない。それは、この私に至ってもそうである。残された時間は、わずかしかない。
幸い、「検診」から戻ってからも、屋根裏のデスクとデスクライトは押収されなかった。看守も焦っているのだろう。計画はあと少しで完成する。老い先短い囚人に、計画をどうこうできるはずもない。そう考えたのかもしれない。
確かに、それは正しい。私に、そんな力などない。その上、時間もわずかなのである。計画は、もう止まらない。
しかし、それでも私は一矢報いなければならない。それが、この罪深き命に課せられた最後の責務である。
帰ってからすぐに、私は右のひきだしを目一杯開き、底板の裏にある紐を引っ張って、留め具を外した。そして、ひきだしの底板を取り外し、その下にある一冊の手帳と一本のペンを取り出した。それから、急いでこの手記を書き出したのである。
これが、私のせめてもの抵抗である。私は、記述する。事の顛末を、余すところなくここに記す。以下のことは、すべて事実である。人類が現実に辿った道である。
この手記を見つけたあなたが、この静かな狂気に違和感を覚えうる人であることを願う。どんなに荒唐無稽だろうと、呆れることなかれ。みんな嘘のような、真実である。
すべては、ある疫病からはじまった。
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