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幽霊執事の家カフェ推理 第四話・マーメイドのパルフェ3

帰宅後、塔子はまずリュウに今日もついてきたのかを確認した。

彼は塔子に、ある意味一方的に仕えている執事で、生前の名前を霧山隆次郎といった。そのはるか昔、外国の貴族のもとにいたらしい。

しかしその輝かしい経歴、というより彼の人生自体が文字通り、過去の遺物である。当然、この世には存在しないことになっているから、塔子以外の前に姿を現すことは原則禁じられていた。

「本日も陰から警護させていただいておりました」

「逐一見てたってことね・・・まさか勝手に出てないよね?」

「は。一瞬たりとも」

「あなたを見たって人がいるんだけど」

「は。それは・・・あの熱帯魚が好きな青年ですな。なるほど・・・そういったこともあるのではないかと」

リュウは言葉につまった。塔子は何となくその意味を感じとっていた。

イヴにだけ見えていたと言いたいのだろう。確かに大志にも麻美にも、見えている様子はなかった。

子どもにだけ見える、不思議な世界。塔子は、そんな童話が昔あったなとぼんやり考えていた。

「しかしわたくし、姿を現す必要が出てくるかと存じます」

リュウはチキンのトマト煮をきれいに盛りつけながら言った。香草を飾り、ソースで周りに模様を描く。いつもより凝っているように見えた。

「何やら、また事件も起きたようでございますし」

皿の美しさに目を奪われていた塔子は、その言葉で我にかえった。

「室田さんの車?」

「左様でございます」

「あ、ないない、危険とかないから。室田さんも、うちの会社の人じゃないし。ていうか私、車通勤じゃないし」

食い下がろうとするリュウを受け流しながら、塔子はイヴの発言を思い出していた。

おじいちゃんと呼ぶということは、イヴはリュウの見え方も塔子とは違うのだろうか。もしかすると、真の老執事姿(というのが適切かはわからない)が、見えているのかもしれない。

だとしたら彼は、リュウの本質を見抜いている。

塔子は柔らかいチキンをスプーンで切って、ソースごとすくった。考えごとをしながら口に入れたが、すぐに意識は料理に引っ張り込まれた。

オレガノやバジルが効いているのだろう。鼻腔に旨みの余韻が残る。

ソースに溶けたチーズが、強めの風味をまろやかにしていた。

「これ、すごくおいしい」

塔子はもう一口食べて、ワイングラスを傾けた。ソーヴィニヨンブランの個性的な香りにもぴったり合う料理だ。

「ありがとうございます。やはりエクラト鍋は柔らかく仕上がりますな」

一度使って以来、リュウはエクラトが大のお気に入りのようだった。ほぼ毎日、何らかのおかずに使っている。

デザートはりんごの温かいコンポートで、優しい甘さに塔子は、ほっと癒された。

昼間のパルフェを見て、冷えないものにしてくれたのだろう。

「ときに塔子さま」

シナモンティーを淹れながらリュウは言った。

「ん?」

「大志さまがおっしゃったシメパフェというのは、何でございますか?」

「ああ。飲み会とかの最後に食べるパフェのこと。締めに食べるから、シメパフェ。締めのラーメンみたいなものかな」

言ってから、リュウが締めのラーメンを知っているのか疑問に思った。

シメパフェは札幌で生まれた食文化の一つだ。飲み会や食事の後、特に夜の最後に食べるパフェは、おしゃれなカフェやバーで目を引いた。

もともと複数の店舗で存在はしていたようなのだが、その後メディアに取り上げられ、戦略は見事に当たった。

今は東京などにも店ができているらしく、そろそろスープカレーやラーメンと並んで北海道の定番グルメに入ってもいいのではないかと、塔子は思っている。

「ほう、あのようなデザートを酒宴の後に・・・それはふくよかになられ」

「あ?」

「は、いえ、何でもございません」

リュウは慌ててティーカップを塔子の前に置き、

「塔子さまは、今のところなられていませんので」

と、口走ったのでまた睨まれた。


 

じゅういちがつ ついたち くもり

ハロウイインがおわったので、クリスマスのツリーをかざります。

ぼくのたんじよーびがちかいとわかるから、ぼくのママがおそらからみにくるのだそうです。かみさま、ぼくもママにあえますか。

パパもママにあいたいけれどさいきんは、いいません。

ぼくはきょうハーブティーをつくりました。

 

上川均はスーツから着替えないまま、息子の寝顔を見ていた。

このところ仕事が立て込み、彼が帰宅する時間には伊雪はすでに寝入っている。

いつ見ても、伊雪は子どもだった。無精ひげもなく、中性的な雰囲気が余計にそう見せるのかもしれない。

そっとドアが開く気配に、均は振り返った。細くもれる光を背に香苗が立っていた。

 

「今日もすまなかったね」

二人はワイングラスを手にテーブルで向かい合っていた。明日も仕事だというのに、香苗は均が帰ってくるまで伊雪を見てくれていたのだ。

香苗は首を振って微笑んだ。華奢な鎖骨を飾るネックレスが揺れる。

「伊雪は問題なかったかい」

「大丈夫。すごくいい子だもの」

香苗はワインを一口飲むと、思い出して笑った。

「でもね、イヴくん今日、ツリーを屋根に上げたいって二階の窓から外に出そうとしたの」

「え?」

均は驚いてクリスマスツリーを見た。一八〇センチを超えるそれは、床に置いてもイヴの身長よりだいぶ高い。

「お空のママに見せたいって」

「・・・そうか」

均は何とも答えようがなく、ワインを口に含んだ。

「まさか、上げたりしなかっただろうね」

「ええ。お空のママはちゃんと見る力があるから、おうちの中でも大丈夫って言っておいたわ」

香苗はチーズを口に運んで笑いかけた。ほっそりした手が幸せそうにグラスを傾けるのを、均はじっと見ていた。

「イヴくんて、素直で本当に可愛いわね」

香苗はそっとグラスを置いた。均は目だけで頷く。それを、黒い瞳が受け止めた。

「・・・ときどき、自信がなくなるけれど」

香苗の声は、さっきより細くなっていた。

「そんな素敵なママの代わりが、私に務まるのかなって」

「何言ってるんだ。君は、過ぎるくらい良くしてくれてるよ」

均は立ち上がり、香苗のそばに行って肩を包んだ。香苗は長い睫毛を伏せて、だといいけどと呟いた。

均はこの機会に、気になっていたことを訊いてみた。

「君は、その・・・伊雪と接していて、何というか、触られて困ることはないかい」

香苗はまばたきし、それから彼の言う意味を察して笑った。

「大丈夫。そういうことは、一度もないわ。イヴくんは本当に純粋だし、私も心が洗われる気持ちになるから」

「そうか」

内心やはり、と思いながら均は、ほっと息をついた。

確かに香苗は伊雪を可愛がってくれているし、彼も香苗によく慣れているようだ。

均が心配していたのは、伊雪が香苗に妙な気を起こしている様子がないかという点だった。伊雪にその兆候を見たことは一度もなかったが、以前参加した障がい者の家族向けセミナーでも、性の問題は取り上げられていた。

体が健康である以上、どうしても性的な衝動は起こる。そのときのセミナーでも、ほとんどの参加家族がそのことを講師に相談していた。

食事や睡眠と同じく、誰もが持つ自然な欲求なのだから、変に罪悪感を持たせないことも大切だという。本人のストレスや外でのトラブルを未然に防ぐには、できれば同性の親が自分で処理できるよう指導するのがよいと講師は言った。

しかし均には、その機会は今のところない。伊雪はそういったことで家族を困らせることはなかった。

それは幸運なことなのだろう。きっと。

均は、いつまでも少年のままでいる伊雪の寝顔を思い出していた。

「・・・あ、イヴくんの洗濯物だけど」

香苗が思い出したように言った。

「Tシャツは裾が上にくるように、しまってあげてね。あの子、なぜかそう決めてるみたいで毎回入れ直すのよ」

「ん、ああ。わかったよ」

均は意識を香苗に戻すと、その美しさに吸い込まれるように頷いた。

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