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幽霊執事の家カフェ推理 第四話・マーメイドのパルフェ2

塔子と麻美は、地元の野菜をたっぷり使ったプレートを頼んだ。夜の軽食メニューとしても出しているようで、品数が多く良心的な価格だった。

養蜂家の祖父が農場とつながりがあるため、食材を安く仕入れられるのだという。

こういうメニューも人気の要因だと塔子は感じていた。地産地消に一役かっているし、食の安全を意識している客から見ても好感度が高い。

根菜の季節らしい、珍しい色の芋類や大根が皿を飾っているのを見て二人は声をあげた。

「すごいね!」

「きれい。こんな色の野菜あるんだね」

プレートそのものが、まるでパレットのように鮮やかだ。皿の縁を少しずつ盛られた野菜が囲んでいて、これだけでも何品目にもなる。

中央にあるのは、キノコと富良野ポークのソテー。じっくり火を通したらしい豚肉は、中が美しいピンク色で柔らかい。パリッと焼いたハードパンによく合う。

ワインが欲しくなるね、と言いながら二人は夢中でプレートをつついた。

作り置きのピクルス類も多いが、これをすべて大志が作ったと思うと塔子は大いに感心した。

イヴはすでにまかないを食べてきたのか、やはり食べ物より熱帯魚に興味があるようだった。

大志はさっきのハチミツを使って、デザートを作っていた。

「これがうちの看板メニュー。ハニビパルフェっす」

マスカルポーネやフルーツを華やかに盛ったグラスには、北海道ミルクのソフトクリームが巻かれていた。その上に黄金のハチミツがきれいに線を描いている。

麻美がわあ、と声をもらした。

「パフェなんですけどね。フランス語ではパルフェって言うらしくて、珍しいからそうしちゃいました。夜のシメパフェでも一番人気」

大志はグラスを塔子たちの前に置きながら、得意げに言った。

「じいちゃんのハチミツは混じりっけ無しのアカシア蜜だから、固まりにくいしトロトロっすよ」

そばで見るとパルフェの盛りつけは一層、繊細で美しい。高級店にあってもおかしくない。がさつに見える大志のどこに、こんな美的センスがあるのだろうと、塔子はまた失礼なことを考えてしまった。

すくってみると、ハチミツはくせがなくて食べやすかった。甘みも程よく、ソフトクリームにマッチする。

二人が満足そうなのを見て、大志はイヴに声をかけた。

「イヴも来いよ、うまいぞ」

イヴは大志の声に反応して、塔子たちの方を見た。トコトコとソファ席に歩いてくる。さっきの荒れた様子はもうなくなっていた。

「ほら、これ食ってみ。さっきのハチミツだ」

満面の笑みで差し出す大志を、イヴはじっと見返した。

それからパルフェに視線を下ろし、首をかしげるようにしてうつむいた。

「どした?いらねえのか?うまいぞ、これ」

大志がテーブルに置いたパフェグラスを、イヴは奇妙な生き物でも見るように見つめた。それから、それを思いきり押し戻した。

倒される前に大志が受け止め、

「わかったわかった。ハチミツ苦手なんだな」

なだめるようにイヴの肩をたたいた。

イヴは後ずさり、また水槽の方に走って行ってしまった。

大志は口を開けたままそれを見送っていたが、やがて首をひねった。

「ま、いいや。食っちまおう。昼抜きだったし」

麻美の隣にどかっと座って食べ始めたのを、塔子はあっけに取られて見ていた。

イヴは、水槽の魚に話しかけるようなひとり言を再開した。前に塔子が見たときと同じく、英語で話している。

コーヒーを飲みながら、塔子はその言葉をぼんやりと聞いていた。

ところどころ声が小さくて聞き取れないが、しばらくしてふと思い出した。

あれは、童話のリトルマーメイドだ。

「・・・あいつ、すげえな」

大志も聞いていたらしく、

「英語っすよね、あれ」

「あ、うん。リトルマーメイドだと思う」

「へえ・・・俺なんて日本語でももう話わかんないっすよ」

だろうね、と言いかけて塔子は慌てて微笑んだ。というか、読んだことがあるのだろうか。

大志の子どもの頃を想像し、絵本を読んでいる様子を思い浮かべてみたが、全くイメージが湧かない。

「私も忘れちゃったなあ。アニメの方は覚えてるけど、確かストーリー違うんだよね」

麻美はマスカルポーネを頬張りながら言った。

「あ、このチーズもハチミツに合う!おいしい」

言われたとおりすくってみると、確かにぴったりだ。以前レストランで、ブルーチーズにハチミツが合うと勧められたときは、おいしいと思えなかったが、これは何の抵抗もなく食べられる。

そもそも塔子自身、ブルーチーズが苦手なのだから当然かもしれない。

「そういえば」

と、麻美が言い出した。

「室田部長の車、今日いたずらされたんだよね」

室田充は社員食堂の部長で、麻美の上司にあたる。実質、本部長のような立場らしく現場に来る頻度はそう多くないようだが、彼女が脅迫状に悩まされていたとき、現場にいたので塔子も覚えている。

「いたずら?タイヤパンクさせられたとか?」

大志が言うと、塔子の耳には妙に現実味を帯びて聞こえてしまった。

麻美も一瞬、同じように感じたのか少し笑って、

「違うよー。ハチミツかけられたんだって。前の方は、もうベタベタだったらしくて」

「うわー、最悪。ひどくね?・・・つか、まさかうちのハチミツじゃねえだろうな」

すっかり敬語を放棄した大志に、塔子は苦笑した。

しかし麻美は話すのに夢中で気にしていないようだった。

「実際、ひどかったみたいよ。午前中に外出しようとしたら、もうやられてて出せる状態じゃなかったって。でも駐車場って、うちの厨房の前だから、変な人がいたら気づくと思うんだけどね」

食堂でも不審者を見なかったかという呼びかけがあったらしい。塔子も社内報でちらっと見た気がした。しかし当の室田が、私用車だから大げさにするなと強く言ったそうだ。

その車は外国産の高級車だった。気温が低かったせいもあり、磨き上げられたボディにも、誰もが知るそのブランドのエンブレムにも、べったりとこびりついてしまっていたという。

「えー。そんな高級車やられたら、俺だったらぶち切れるけどな」

それを聞いた大志はため息まじりに言った。でしょうね、と塔子も麻美も思っていた。

 

コーヒーをおかわりしてちょうど一息ついたとき、カフェにほっそりした女性が入って来た。珍しそうに中を見回している。

クローズにしていたのではと、塔子はドアの方を見たが、

「あ、香苗さんおつかれっす」

大志が出迎え、

「ずっと熱帯魚見てますよ」

と中に彼女を促した。

女性は塔子たちにも柔らかく会釈しながら中に進んだ。五十代なのだろうが、髪型も服装も若々しい。華やかな服装の中にも品格が感じられた。優しげな物腰がそう見せるのだろう、と塔子は思った。

顔見知りらしく、麻美が立ち上がって声をかけた。

「香苗さん、こんにちは」

「ああ、麻美さん」

彼女が笑うと、その場に花が咲いたようだった。

香苗というその女性がイヴの方に行くのを見送ってから、麻美が声を落として言った。

「あの人は、イヴくんのお母さん・・・になるかもしれない人」

「え?」

聞けばイヴの父は妻、イヴの実母と死別して長く、香苗とは付き合い始めて一、二年だという。

華美な見かけの一方で、香苗は献身的に上川親子に尽くしているらしかった。

イヴの父・上川均はある企業の重役で留守にすることが多い。以前はお手伝いさんがいたが、今は均の代わりに彼女がイヴの送り迎えや、帰宅後の世話をしているという。

「相手の家族も全部丸ごと愛してるって感じ。なんかわかるなあ、そういう尽くす気持ち・・・あ、もちろん実際は、そんな簡単じゃないとは思うけどね。イヴくん、ほら・・・ああだし」

麻美の言葉に頷きながら、塔子はさっきの香苗の柔らかな笑顔を思い出していた。父親も彼女には安心してイヴを任せているのかもしれない。

だが麻美の言うように、現実はきれいごとだけではすまないとも思う。

いくら好きになった相手の家族でも、自分ならそこまでやれるかというと、塔子は自信がない。

「だからね、結婚もそろそろなんじゃないかって。クリスマスあたりにプロポーズとか」

いいなあ、と麻美はため息をついた。

塔子は、香苗がイヴを気遣いながら連れて来るのを見ていた。年齢差を考えると少し若すぎるが、振る舞いは確かに母親のようにも見える。

イヴの挙動にも慣れていて、温かく包み込むような余裕が感じられた。

一朝一夕にできることではない。

香苗は大志に華やかな笑みを向けた。

「大志さん、いつもありがとう」

大志は一瞬、どきっとしたのか照れたように笑った。

「あ、いや、好きでやってることっすから。な、イヴ。今度はパルフェ食ってけよ」

イヴは首をかしげて大志を見上げた。

「あ、あのね大志さん」

香苗は穏やかに切り出した。

「あなたに仲良くしてもらえて、イヴくんもすごく喜んでると思う。・・・ただ、少しだけ言葉を丁寧にしてほしいの」

意外なことを言われ、大志はポカンと彼女を見返した。

「イヴくんが覚えちゃうから」

香苗は言いにくそうにしていたが、柔らかい声のまま続けた。

「あなた自身は、イヴくんを温かく受け入れてくれているけれど・・・この子が外の社会で生き延びるのは、あなたが思うよりずっと大変なの。この子の将来を考えると、少しでも不利にしたくないから・・・ごめんなさいね」

塔子にも、彼女の思うところはよくわかった。イヴが荒い言葉を使うようになると困るのだろう。

確かに彼は普段から丁寧語で話している。それも父親や彼女が心がけているからなのだろうか。

大志も香苗の言葉にのまれていたが、理解はしたようだった。コクッと頷き、

「じゃあイヴ、その・・・また来てね」

別れの挨拶を言い直した。

すごい、と麻美は小声で呟いた。

「そんなところまでちゃんと考えてあげてるなんて、本当にお母さんみたい」

イヴは香苗に促されてドアを通りかけたが、

「おにいちゃん」

と、振り向いた。

「ん?」

「さっきおじいちゃんがいた。パパににています」

「おじいちゃん?」

大志は見回したが、当然ながらクローズ中の店内には塔子たちしかいない。見間違えそうな絵やオブジェの類もなかった。

麻美は何となく薄気味悪そうに辺りを見渡している。

「イヴくん、大丈夫。何もないわよ」

香苗は笑顔でイヴの肩をそっとたたいた。イヴはその手を避けるように首をかしげた。

大志はイヴを覗き込んだ。

「いいかイヴ、今ここはお兄ちゃんたち以外は、誰もいないぞ」

言い終えてから言葉遣いを気にしたのか、ちらっと香苗を見る。

しかしイヴは譲らなかった。というより、大志たちの言葉を通り抜けるように、自論を重ねていた。

「The Little Mermaidにでてくる、おとこのひとのような、ふくをきていました」

大志は滑らかな英語部分を聞き取れず、

「え?え?」

と聞き返した。塔子は小声で、リトルマーメイドだと教えてやった。

「え、何それ、王子系ってこと?」

一転してはしゃぐ麻美を尻目に、塔子は内心ギクリとしていた。まさかと思いながら、明後日の方向を睨みつけたが、手ごたえはなかった。

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