未来があるといわれて

ここ数週間、気力不足が続いている。というのは嘘になるかもしれない。自分を正当化できる唯一の言い訳のようにも感じる。実際はわりと元気だからだ。現在、就労移行支援事業所に通っているが、やることがなさすぎて暇な時間が多く、その時間がとても苦痛なのでサボりも増えた。建前上は体調不良だが、真意としてはただのサボりなのだ。本当に体調が悪い日もあるが、大抵は午後になれば起き上がれる。それに備えて午後から出勤するという手もあるが、どうせ賃金も発生しないし、という怠惰な理由で休むことにする。だがそれと同時に、信用を失うことになってしまった。それはそうだ。時間通りに、毎日出勤できないやつに同情はされない。それほど、そしてどれほど信用というものが大事なのかを、今更になって痛感している。元々あった席は、僕が休んでる間に違う人の席になり、そんな僕は会いてるスペースへ追いやられてしまった。自分が存在しない間に新参者に席を奪われてしまうという、ちょっとした悲劇も起きた。途中出勤ですぐに管理者の方との面談。気を遣ってくれたのか、人気のないところで僕と話してくれた。だが、言うことは言うタイプの人なので「辛いのはみんな一緒」ということを言いたいんだろうな、という話の仕方だった。たしかにその通りだ。大多数の人は皆同じように働き、時には残業もしながらあくせくと働いている。なんで自分には同じことが出来ないのだろう、と常に攻め続けている。だったら自分のやりたいことをやればという端的な話になりがちだが、それができるのならとっくにやっている。できないからもどかしいのだ。できないから辛いのだ。管理者の人は言った「まだ31でしょ?未来があるんだから諦めちゃダメだ」と。たしかに、他の事業所ならもう外へ放り投げられていてもおかしくない。だがこうして親身に向き合ってくれていることには素直に感謝しなくてはいけないな、とその時に感じた。僕は人に恵まれている。それだけは取り柄かもしれない。恋人を作ったり、結婚したり、そんな未来を想像するとある程度ちゃんとしていたほうがいい。僕に明るい未来はあるんだろうか。

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