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夏目漱石「こころ」の前哨戦-『行人』を読む

あらすじ

弟よ、私の妻と一晩よそで泊まってきてくれないか――。
この世でいちばんわからないのは自分の心ではないだろうか。
繊細ゆえに孤立する主人公。名作『こころ』へと繋がる長編小説。

学問だけを生きがいとしている一郎は、妻に理解されないばかりでなく、両親や親族からも敬遠されている。孤独に苦しみながらも、我を棄てることができない彼は、妻を愛しながらも、妻を信じることができず、弟・二郎に対する妻の愛情を疑い、弟に自分の妻とひと晩よそで泊まってくれとまで頼む……。
「他の心」をつかめなくなった人間の寂寞とした姿を追究して『こころ』につながる作品。

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弟よ、私の妻と一晩よそで泊まってきてくれないか――。

なんて破廉恥なんだ!と表題にある導入部分。
でも実際は全然そんなことないです。
漱石お得意の「はぐらかし」でなんとも煮え切らず、です。

この「行人」はかの有名な「こころ」へ繋がる作品と言われています。
ストーリーがつながっているとかではなく、作品の根底にあるテーマや漱石のマインドが「こころ」に向かっていると思われます。

最後の長い手紙を読む場面なんかは「こころ」への前哨戦です。

ちょっと最初は面白おかしく、最後はかなりシリアスで終わります。

主人公「二郎」が大阪に行くところから始まります。
以前一緒に暮らしていた「岡田」と入院中の友人「三沢」とのやりとりが皮肉っぽくて面白いです。
岡田の奥さんとの仲の良さは、後に登場する兄の夫婦関係への対比としてとれます。
この「兄」はこの作品の重要な登場人物のその一人です。

入院中の友人、三沢と、その近くの病室に入院する女性。
そして過去に三沢を惹きつける下女の女性について語られます。
漱石の描く女性はとても美しい。

その後、兄夫婦と母親が東京からやってきて岡山を旅行します。
その中で兄にかの事を提案されます。

断る二郎ですが、不本意ながら台風のせいで兄嫁と一晩過ごす羽目に。

二郎の運命やいかに!!!


といえば日本の現代小説なんかでは官能的なのがお約束なので(時にこれはとても下品に感じる)こんな事があるかもしれませんが、でもそこは漱石。

しっかりはぐらかし、しこりを残しまくったまま次の展開に行きます。
はっきり言うと、何もありません。
でも、何もないからこそ何かあるです。

兄と兄嫁は夫婦関係がうまくいっておらず、二郎はもう少し兄さんを大事にしてはどうでしょうか…みたいなことを言います。
普段は飄々としている兄嫁は、「あたしが馬鹿だからいけないんだわ」と泣きます。
「あたし今すぐ海飛び込んでもよくってよ」
そしてなんだかんだで
「度胸がないのね」
と言われたままその夜は終わってしまいます。

しかしそれから何もなかったものの、二郎と兄嫁は互いに秘密を共有したことで一種の暗黙の了解が生まれたように感じます。

兄はその夜のことを説明しろ、と二郎に言いますが、二郎は何もなかったんだから何も言いようがありませんよ。ってなスタンスで、兄嫁と秘密を共有したことで多少強気に返します。
(このことを後に二郎は反省します)

その後実際は何もなかったのに、何もなかったからこそ兄との関係も思わしくなくなっていきます。
と言うか兄自身がおかしくなってきている?と家族は感じ始めます。

ここで二郎の妹である「お重」がいい味を出しています。
現代ならツインテールで「お兄ちゃんなんか大嫌いなんだからね!」と言うような人物でしょうか。でも大兄さんは尊敬しています。

そのお重が「大兄さんがマジでおかしいから兄二郎さん何とかしてよ」って具合にまで発展します。

そのころ二郎は三沢から紹介された女性がいるのにここでもなんとも煮え切らず。兄の問題をまず最初に片付けなければ…。と、兄の学者仲間であるHさんに相談します。

「兄と一緒に旅行に行って気晴らしも兼ねて、様子を見てきてくれませんか…?」


Hさんは「大丈夫っしょ。兄さんは優秀なんだよ、まあ君や家族がそこまで言うなら行かないこともないが、特に報告することもないと思うよ。まあ、あったら手紙で知らせるわ」

ってな具合であまりまともに取り合ってくれませんでした。

しかし、そのHさんからゴリゴリに長い手紙が届きます。


「兄さんやばいわ…」



ここからは一章を丸々使ったHさんから、兄の様子を事細かに報告する手紙の描写となります。
こなたりは「こころ」と通づるものがあります。
ここからの内容はシリアスで、兄の気持ちが心苦しく繊細に語られます。

こんなことを思いながらの言動だったのか、と伏線回収のような回想に心が痛みます。

手紙を読み終えた後のストーリーはなく、手紙とともにこの小説は終わります。
漱石が伝えたかった事はなんだったのでしょう。
それはしっかり「こころ」へと引き継がれ、やがて今でも読み継がれる不朽の名作となるのです。

その前哨戦、とも言えるこの「行人」

前半はあっさり、妖しく、後半はシリアスに余韻を残しながら。

これから「こころ」を読む人、すでに読んだ人に特にオススメです。


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RyO





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