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田山花袋『重右衛門の最後』における没個性的な語り手による問題意識の顕在化について

田山花袋『重右衛門の最後』における没個性的な語り手による問題意識の顕在化について

 「重右衛門の最後」は田山花袋初期の名作として、「布団」と並び、高く評価されている。しかし、二者は全く異質な印象を読者に与える。そのことを、「共同体」と「個」の人生という対比で表現したい。
「布団」の語り手である竹中時雄は作家である。作家という職業は、少なくとも小説の中にあっては特権的な語り手たりうる存在であって、それは強い「個」を持っている。対して、「重右衛門の最後」における語り手、一人称を自分

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泉鏡花『高野聖』における語りと異化効果

泉鏡花『高野聖』における語りと異化効果

この小説の最大の特徴は、その語りの構造に見ることができる。幻想小説として、また奇怪小説として、『高野聖』が他の作品と一線を画する点は、この小説が単に奇怪で幻想的な対象を描くだけでなく、それ自体一個の奇怪な造形物として完成しているという点だ。三重の入れ子構造、回想を用いた時間の多重性を活用し、作者は読者を幻想世界に導く巨大なからくりを作り上げている。その構造の壮麗で複雑であるがゆえに、読者はリアリテ

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《元に戻ってほしくないこと》

《元に戻ってほしくないこと》

――パオロ・ジョルダーノ著『コロナ時代の僕ら』を読んで――

 カミュのペストに続いて、センセーショナルな本を読んだ。作品は27の細かな章と邦訳の際に著者あとがきとして付された断章「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」から構成されたエッセー集である。彼の住むイタリアの様子と、その混沌の中にあって彼が考える過去・現在・未来への痛切な批判が飾り気のない文体で語られる。
 著者ジョルダー

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安部公房『箱男』における動く語り手、変化する語り手

安部公房『箱男』における動く語り手、変化する語り手

 安部公房著『箱男』。中学二年生の夏、初めてこの本を読んだとき、これは本当に小説なのだろうかと思った。そうして直後、そもそも小説とは何だろうかと思ってぞっとした。この小説は、私の小説に対するそれまでの固定観念を木っ端みじんにしてしまうほどのエネルギーに満ちていたのだった。

 《箱男》はこの小説における語り手である。この小説は箱男の手記という形式で綴られており、その科学的とも言えるほど無機質な文体

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