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リトル・メルヘン

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#ショートショート

モンキー・マジック

「なんでこんな星にしたんだよ」
「そうだ。もっとあったよね」
「さっきのでよかったじゃない」
「本当だ。よほどよかった」
「お前らな。だったらさっき言えよ」
「言いましたけどね」
「ちゃんと言えよ。ぼそぼそ言ってただろ」

「でも酷い星」
「何も得るものが見当たらない」
 流石にもう黙って聞いていられなかった。田舎だから自分たちしかいないと思っているのか。だが、ここは私の愛する街だ。もう隠れている

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シャドー・ファイター

シャドー・ファイター

 誰にも会いたくなかった。
 俺は電灯の下で顔のない男と対していた。
 お前は俺の影。俺の繰り出すジャブもストレートも、お前には届かない。お前は俺ほどにしなやかで、俺にも増して素早い。何よりも従順な練習パートナーとなるだろう。
 俺が立つ限りお前は立ち、俺が倒れぬ限りお前も倒れないだろう。思えば俺の敵はお前だけなのかもしれないな。
 さあ、こちらから行くぞ!
 俺は強くなりたいんだ!
 俺は探りの

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ロケット・ベッド

ロケット・ベッド

「そんなところで読んでいると目が悪くなりますよ」
 どんなところだったか思い出せない。忠告も無視したくなるほど引き込まれていた。読んでいると誰かがまた別の本を薦めてきた。

「この本を読んでいる人は、こんな本も読んでいます」
 他人の意見を素直に聞くことは苦手だった。あんまりしつこいので時々は誘いに乗ってみた。案外に自分の好みに近かった。一度乗ると抵抗は薄れて乗りやすくなった。おかげで選択の幅は広

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8番ホーム

8番ホーム

 猫のことを考えていた。猫の振り返り。猫の足音。猫のあくび。猫の通り道。猫の足跡。猫の独り芝居。猫の霊感。猫の駆け足。猫のダッシュ。猫の横切り。猫のジャンプ。猫の好物。猫の壁登り。猫のつまみ食い。猫の威嚇。猫の後退り。猫のジャブ。猫のいる日溜まり。好きな猫のことを考えていた。

 8番ホームには誰もいない。いつもいる人がいない。祝日の月曜日。突然、鴉が降りてくる。何もないことを確かめて、羽ばたく。

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孤独のドリブラー

孤独のドリブラー

 灼熱のピッチの上で一段落のティータイムが提案されたのは、古い常識に縛られない主審の粋な計らいであった。ピッチサイドでは、解説者も選手も一緒になって、四万十川のおいしいみずを飲みながら、各自が持参した甘辛様々なお菓子を広げた。
「九州しょうゆ味だよ」
「これはなかなかいけるね」
「おまえチーズ味好きだな」
 色彩豊かな種々のお菓子は、それまでピッチの中にあった個々の溝を容易に埋めて、選手の口も軽く

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風の議員

「傾いているようですが」
 新しく建った塔は西日を受けながら、今にもこちらに倒れてくるのではと思われた。
「わざとそうしているのです。安全上」
 それで合っているのだと議員は言った。
「風の強い日に、自転車をどうすると思います?」
 風の強い日だった。歩道の端に隙間なく自転車が並んでいた。何のことだろう……。風と自転車がどうしたというのだろう。

「今日は風が強い」
 自分が起こした風だというよう

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運命の人

運命の人

 昔むかしのことを考えながら歩いているとどんどん体が軽くなってゆくように感じられて、ますます弾むように先へ先へと歩いて行くと、時折風が吹いてかなしみが落ちて、かなしみが雨を降らせると、虹がかかりふわふわと虹の橋を歩いているとちょうど同じ頃に向こうからお姫様が歩いてきたので、結婚しました。
 めでたしめでたし。

カメラを止めろ!

カメラを止めろ!

 ゴール前に入ったクロスに激しく競り合いにいくリベロは殺し屋の異名を持つ。激しく肩をぶつけると相手の巨体が吹っ飛んだ。マイボールにするとボランチを経由して左右に小気味よくパスが回る。敵がチェックに来ても、常に複数の選択肢を用意して奪われない。
 華麗なパス回しにスタジアムが沸く。
 司令塔はテクニックに優れた10番。
 重心と反対に突然加速して敵を欺く。視線を右に送りながら逆サイドにパスが出る。

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