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リトル・メルヘン

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#メルヘン

秋刀魚と狼

 長い雨の後の大きな水たまりの表面がゆらゆらとして物語が浮かんでいました。水の紙芝居のようでした。

 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいて昔話に花を咲かせていました。昔のことらしく幾らでも遡ることができるので、なかなか話は先に進みません。おじいさんに先に進めようとする意思はなく、おばあさんには遡るための引き出しが幾つもありました。引き出しを開けると、新しいおじいさんとおばあさんが現れて

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とりかえっこ

 昔々、街の中心に近いところに傷ついた鶴がいました。偶然にそこを通りかかった若者は、傷ついた羽を震わせ苦しそうな鶴を見つけて立ち止まりました。(助けなければ)若者は助けることを前提にして、念のためにその後のことも考えてみました。もしもこの鶴を助けたとして、鶴の傷が癒え、元気になったとして……。
 若者は助けた後の未来に想像を掘り下げながら立ち止まっていました。元気になった鶴が、突然家に押し掛けてく

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規制の銃

規制の銃

 朝から晩まで身を乗り出して鈴木鈴木と叫ぶ声が疎ましいので規制の銃をぶっ放してリフレインを規制した。鈴木は鈴木ばかりを繰り返すことができなくなって、スタッフの名を順に叫んでいる。デモ隊の列に規制の銃をぶっ放して、旗揚げを規制した。彼らは着ていたTシャツにメッセージを書いて、裸になって行進した。なかなかしぶとい連中だ。
 顔を合わせる度に上から説教してくるので、規制の銃をぶっ放してお説教を規制した。

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B15

B15

 上り詰めることを夢に見たはずだったが、重力に逆らって駆け上がる元気は既に失われていた。もう、疲れたのだ。かつては強く軽蔑していた言葉に、今は共感さえ抱くようになった。私は地下へと続く階段を下りた。駆け下りるとなると足は軽やかに弾んだ。いつからか、楽なことばかり選ぶようになっていた。地下4階まで下りていくと、誰かが猫のような勢いで階段を駆け上がってきた。

 ランドセルを背負った少年が駆け上がって

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おじいさんと雨

おじいさんと雨

 本当は早く終わってほしかった。
 おじいさんの話を聞きながら、僕は雨が心配だった。
 朝のお天気おねえさんが言っていた通りに、雲は今まさに頭上に集まりつつあった。おじいさんはとても楽しそうだ。たいした相槌も返せないけれど、おじいさんはどんどん話を前に進めた。僕はただ静かに話がきりのいいところまで行って落ち着くのを待った。

(それではまた)
 別れの言葉をポケットの中で温めていた。もうそろそろ話

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イルカはごめん

 僕らは翼を持った新しい豚だ。狸が扮装し木の葉を使い人の間で商売する間に、僕らは知恵を蓄えた。犬や猫が人の温もりに恋して家具の間を行き来する間に、僕らは夢と想像を膨らませた。檻に捕らわれ縄に捕らわれた時代を抜け出して、僕らは上を向き羽ばたく豚へと変化した。人間からかけ離れたものでもない。人間に近づきすぎたものでもない。気がついた時には、僕らは他の動物とはどこか一風変わった奇妙な存在になっていたのか

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素麺流し

「来週入ってきます」
「えっ? 先週も確かそう言ってましたよね」
 素麺ブームは衰える気配がなく、どこの店に行っても一本の麺も残っていない。僕は入荷の日を楽しみに一週間を過ごしていた。昨日から何も食べずに足を運んだというのに。
「また来週お越しください」
 食欲が一気に失せた。素麺以外の何を食べろというのか。記録的暑さが体力を日々奪っているというのに、今は素麺以外にまるで関心がない。

「くそガキ

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幸福のクジラ

幸福のクジラ

エスカレーターはいくつもあったが、みな下りていくばかりだった。
僕は下りていくに任せて落ちていった。

読みたい本の前には、人が立って邪魔をしている。
邪魔者が読み尽して帰っていくまで、そっと隣で待っている。
僕はようやく、読みたい本の前に立つことができるのだ。
どうしてかな……。
その時、僕が立つと読みたい本はなくなってしまう。
足元のカーペットが気持ち良さそうだ。
誰か、一緒にボール遊びをしな

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ロケット・ベッド

ロケット・ベッド

「そんなところで読んでいると目が悪くなりますよ」
 どんなところだったか思い出せない。忠告も無視したくなるほど引き込まれていた。読んでいると誰かがまた別の本を薦めてきた。

「この本を読んでいる人は、こんな本も読んでいます」
 他人の意見を素直に聞くことは苦手だった。あんまりしつこいので時々は誘いに乗ってみた。案外に自分の好みに近かった。一度乗ると抵抗は薄れて乗りやすくなった。おかげで選択の幅は広

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運命の人

運命の人

 昔むかしのことを考えながら歩いているとどんどん体が軽くなってゆくように感じられて、ますます弾むように先へ先へと歩いて行くと、時折風が吹いてかなしみが落ちて、かなしみが雨を降らせると、虹がかかりふわふわと虹の橋を歩いているとちょうど同じ頃に向こうからお姫様が歩いてきたので、結婚しました。
 めでたしめでたし。

おでんコンプライアンス

おでんコンプライアンス

「今日こそはいい湯をもらおう」
 食パンの陰に隠れながら猫は誓う。
 竹輪、大根、玉子、こんにゃく、はんぺん。そして、いよいよ出番か。
「入ります!」
 流れに乗って猫は鍋の縁に手をかけた。
「君ちょっと!」
 店長が猫の手に待ったをかける。
「入れてくださーい」
「だめだめ。ここは君みたいなものの来るとこじゃない」
 さあ、帰った帰った。猫は門前払いだ。店長の見張りは手強い。今日は相手が悪かった

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