宮崎玲奈

劇作家、ムニ主宰

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    マガジン

    • 演技のまわり道

      演技ということがわからなくて、2019年から書き始めました。演技や戯曲を書く中での問いや、影響を受けたものについての雑談noteです。

    • 生田日記

      そこそこ読み応えのある書き物を目指します。 読んだ本、観た映画、日々考えたこと、料理などのことを記録します。

    • アフタートーク

      アフタートークに出演した作品のことを書いていきます。

    • 上演後の振り返り記事

      上演後に振り返っている文章を集めました。

    • 豊岡滞在日記

      2020.12.15-22@サブログ

    最近の記事

    消費

    前編に4時間必要で、それが物語であることの必要性なんてのは当然わかってやっている訳で、わかった上で準備してるのに、4時間の演劇という話題が早歩きしてて、簡単に消費されるんだなと思う訳ですが、全部手作りでやっていて、軽々しい消費をされたくないし、そのためにも言葉に複数の置き場所を設けたのもあるし、表面的な消費をしてくることに対してのマジョリティ思想を感じなくもなくて、直接わたしに4時間の演劇なんて聞いたことない、4時間ww、それは物語なのか、って言ってくるような人たちがいて、演

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      • かながわ短編演劇祭の戯曲コンペティションのテーマについて思うこと

        かながわ短編演劇祭戯曲コンペティションのテーマを読んで、気に掛かる点があったので、以下に書きたいです。 はじめに、かながわ短編演劇祭戯曲コンペティションのテーマは以下のものです。HPより引用します。 私が気に掛かるのは、テーマ文の”多様性を尊重する時代だからこそ、「ともに生きる」について深く考えてみる。” という冒頭の一文です。コンペティションの大切な冒頭一文として少しまずい文章なのではないかと感じるのは、多様性を尊重しない時代であれば、ともに生きない可能性もあると、読め

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        • 上演とはなにか

          ①『輪るピングドラム』を観た余韻をしばらく引きずっている。『さらざんまい』の展開から、10年後のピンドラはこうなるのかもしれないと思っていた方向へ向かっていった。前編後編に分けて6時間ほどをかけることを選択したことに思いを馳せた。 演出について考えることが多い体験だった。テレビシリーズを再構成するというのがピンドラ映画版でなされたことだと思うのだ。もちろん新しいカットも増えているが、既存の物語を再構成していくという手法のこと。 ここからややネタバレ。 キャラクターたちが子

          • ひどい演技

            私にとっての日常はいつなんだろうと思う。普段生活している時のわたし、特に職場や演劇の場で何か話をしなくてはならない時などは演技をしながら生きてるのだろうかと思い返す。恋愛や結婚将来について質問された時は大抵嘘をついている、演技をしている。歩いている時は、物や景色を見ている。 新宿、ピカピカ光るライトの中、視線が交差する中、ジントニックを飲みながら、これが本当のわたしだ、とどこかで思えた瞬間があって、すべての演技から開放されるような気持ちになったのを覚えている。場っていいなっ

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            頼れない

            別にありがとうと言われたいわけではないが、頑張っているが何も反応がないと、それはそれでかなしくなる。矛盾してる。わたしはべつにいいんだが、わたしが人に同じことをすると仮定した時、普通に嫌だなと思い反省した。情報公開前の制作作業ってほんっっっっっと大変なんですよ。。。がんばれ、れなちゃん。最近の楽しみがヘイデイとかいう作業ゲームと二丁目の飲みくらいになってしまっている。本当は台本の作業をもうすこししたいが、できなくてはがゆい。ほんとは、って思うことなんてたくさんあるのだから、や

            ハロプロ、フリーク、メンバー

            ハロ〜プロジェクト!の存在に日々救われている。なのでハムカツを食べた。 そして今はフリークのことが気になっている。エンジェルスインアメリカは何度も観ている読んでいるのもあるが、最近人形館のことが気になってきた。結婚式のメンバーにもフリーク展の記述がある。人形のことを考えるとなんかほろっときちゃうのだが、どうしてなんだろう。

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            凡人の練習

            写真はおばあちゃんと回転寿司ランチを食べに行った写真です。 とにかく毎日書く、書き続ける。好きなことなら続けられる。才能がないのでなく、続けてないだけ、手を動かす!ということで毎日叱咤しながら書き続けている。あと毎日3キロくらい走り続けている。筋トレしている。凡人は続けることから始める。人類ほぼ凡人。

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            高知執筆日記1

            高知で1ヶ月くらい執筆を進めることにした。わたしの実家は、グーグルマップのストリートビューでも出てこないくらい、ド田舎にある。ありとあらゆる生き物が常に鳴いている。過疎地域だ。「まりも」という名前のトイプードル犬が家にいて、大体一緒に過ごす。まりもは寝ている。ランニングを一時間くらいしてごはんを食べて一日4時間くらいパソコンを叩く。たまに寝る。 久々に実家に帰ったので、何がどこにあるか、がわからず2倍くらい時間がかかる。こういうのもなんだか演劇っぽいというか、人間らしい感じ

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            掛札さんとマッキー

            ① 「私はイデオロギーのためにレズビアンをやっているわけではないし、異性愛者(ヘテロセクシャル)がいるからレズビアンをやっているわけでもない。まして、男が嫌いだから女を好きになるわけでもなければ、「男」になりたいから女を好きになるわけでもない。」 (『「レズビアン」である、ということ』掛札悠子、1992) というのが最近私の中で痕跡を残している言葉です。 ②マッキーの「軒下のモンスター」ってすげぇいい曲なんです。こんな暗い曲なのに明るくなるマッキーすごい。 「好きになる

            健康とは

            腰と足の神経痛で地味な鈍痛がひどい。胃腸炎もはじまったので病院に行ったら、季節性とストレス性ですねと言われ様子を見ることになった。ワインを飲んだ。年々健康じゃなくなっていて怖い。権利を持っている人(ここでは演出家と仮定)が健康じゃないということで気をつかわせてしまってよくない創作環境になるんじゃないかとかそういうことまで考えてしまうと余計お腹は痛くなる。健康になりたい。狂いそう。また手も荒れ始めた。健康になりたい。 とここまで書いていたけど、 ムカつくので「やっぱ絶対やめ

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            早く経験も年も取りたかった

            無隣館3期演出部にはすでにキャリアのある人や自分よりも年上の人が多くいた。大学3年から無隣館に通いはじめて、それまでも演劇サークルで演劇をやっていたが、戯曲の書き方や構造のこともきちんとわかっていなかったし、戯曲を書けるようには(宮崎的には)なっていなかった。大学の座学の授業で演劇の授業を取っていたくらいだったから。勝手に演劇史まとめノートを一人で作って遊んでいた。 無隣館演出部では、企画を立てて、プレゼンして俳優に賛同をしてもらわなければ、自主企画ができないということで、

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            毎月同じことを繰り返す

            2019年3月から『ゴドーを待ちながら』を毎月声に出して読んでいます。もう3年くらい繰り返し読んでいます。

            東京に自力で行けた時の話

            中学生の頃に生活作文を書いて、たまたま全国入賞して東京に行けることになった。せっかくだからということで、家族4人で東京旅行をすることになって、とても嬉しかった。母と妹と3人で資生堂パーラーでごはんを食べた。何を頼んだらいいのかわからなくて、オムライスを頼んだ。おいしかった。父は仕事で遅れて、作文の表彰式の直前に揃うようにやってきた。うちは自営業ということもあり、家族揃って遠くへ旅行することがなかなかできなかった。できたばかりのスカイツリーの近くで家族写真を撮った。がんばったら

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            すごくわがままかもしれないけど

            当事者だからその手の話題は大切に扱わないといけない、それはそうなんだが、でも、ある種真面目なところを抜け出して、これがニューノーマル!やってこう!そして挫折しようというようなところまで行って、観客に当事者の話でしたという感想にさせないようにしないと、というのがとても強くある。これは普遍的な物語なの。フィクション。そのためにわたしは演劇が知りたかったんじゃないか、今もわからないけど、と思う。個人的なことを個人的にやると普遍的になるという地点まで行き着きたいし、そうあらなくてはと

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            最近の観劇

            五反田団『愛に関するいくつかの断片』観た。構成が上手いなーと思った。以下ネタバレあり。 人の話をする人としていた鈴木さんが、本当は愛という、二重構造で、本当じゃない人を装う、人の話をする→本人、自分の話になる。本人パートで、終わる。だとしたら、場面がギミックで変わってたところの会話は全部愛としてってことで。会話読み返したいっとなりました。 友達通しが付き合おうってシーンの会話がよかった。 人物造形はもうわたしは殆どの演劇に対して、ああこういう感じねと思ってしまうので割愛。

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            2022.0502

            高卒の母は教育熱心で上品になれずずるくなったわたし 日本語で内面は描けるだろうか問うオリザなんかわからんけど悔しいなあ 背負ってく わたしの人生 死にたいし 今死ねたら全部せんでよくなるもんね? 死にたくてごめんなさい図書館に通うこと覚えた高1の夏のこと 久々の松屋の間取り変わってて みんなで卓を囲みたかった 絶対に死なないいじめたやつの笑う顔が悔しいからぜったいにわたし死なない なんも書けんくなって泣いて本棚に置いている斉藤斎藤を読んでいて今 声が聞こえる気が

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