続々 ハラスメント 彼女が飛ぶ一歩前 お願い!
「あんた、よくも私のこと言い付けてくれたわよね、覚えておきなさいよ」
確かにそう聞こえた。
向かいの席の女性社員の後ろを通り過ぎながら、管理職の女が呟いた。
私は自分の耳を疑った。
わざとよね?きっと悪ふざけよね?と思った。
管理職の女が遠ざかってから、そおーっと女性社員の顔を見た。
女性社員の顔は青ざめ、目は一点を見つめたまま身動きが出来ないでいた。
まずい!と思い、彼女の方へ行こうと立ち上がったと同時に、彼女も席を立ち無言で外へ飛び出して行った。
私は咄嗟に女性社員を追いかけた。
見失った。
フロア全てのトイレやエレベーターホール、ロッカールーム全て捜したが彼女は見当たらなかった。
嫌な予感がした。
いてもたってもいられなかった。
(お願い!お願い!お願い!)
かつて私は
この管理職の女からパワハラを受けたことがあった。
その時の私は逆恨みが怖くて、自分の名前を伏せて注意して欲しいと上司に頼んだ。
パワハラを受けたあの時の状況は今でもハッキリと覚えている。
私は他部署から移動してきた。
その時、業務の落とし込みを担当したのがこの管理職の女だった。
管理職の女の説明は、自分自身の英雄談ばかりで、実務のやり方を中々話してくれない。
その上、いきなり取り引き先に電話してみるように言われた。担当者の名前も伝え方も処理方法も何も教えられず、まずは掛けてみて怒られて覚えろと言われた。私はあっけに取られた。しかし早くしろと管理職の女がせっつくので、仕方なく取り引き先に電話を掛けた。
内容はかなり拗れたクレームだった。
私は、目で管理職の女に指示を求めた。しかし「ひたすらあやまれ」というメモを差し出すだけだった。
なんとか取り引き先に謝罪し電話を終えた私に
管理職の女は「バカ」と薄笑いを浮かべながら言った。
はい、すみません、しかし状況が良くわからないので・・・
「あんたにバカって言ってるのよ!バーカ!バーカ!」
一瞬耳が遠くなり聞こえなくくなった気がした。
「バカって言えー、自分でバカって言えー!」
えっ? ・・・・・いまなんて?
私は一瞬何を言われたのか分からなかった。
あまりにも想像を絶する言葉を投げられた為、
返す言葉が私の中に見つからなかった。
管理職の女は笑みを浮かべてこっちを見ていた。
私は何も考えられなくなり、黙ってそのまま部屋を出た。
背後から管理職の女と他の社員の笑い声が聞こえた。
もう逃げるようにエレベータに飛び乗った。
シヨックで涙が止まらなかった。
しばらくすると男性社員が乗りこんできて私に話しかけた。
「下でいいですか?」
あっ、はい すみません、1階をお願いします。と男性に伝えた。
私はさっきエレベーターに乗り込んだまま、行先ボタンを押すのさえ忘れていたのだ。
エレベータが1階に着くと、男性社員も一緒に降りた。総務部の男性のようだ。
私は、1階で降りるとすぐに化粧室に入った。
誰も居ないのを確認し恐る恐る鏡を見た。
私の目は真っ赤に充血して腫れていた。マスカラは黒く流れメイクはグシャグシャだった。
さっきの男性社員は気付いただろうか?
いや、きっと気付いていたはず、だってこんなにグシャグシャで、不細工な顔。
何故何も言わなかったの?
見て見ぬふりをしたというの?
無関係の人間に対してまで苛立つほど、私の精神状態は普通じゃなかった。
もう一度鏡を見る。
これが私?
大事に守ってきた私自身の小さなプライドを、無神経な爪で後ろからガリガリ傷付けられたような感覚だった。
傷付いた背中は皮がめくれ、血が滲んでジンジンと痛む。
私はトイレの中に入り鍵をかけ、座り込んで泣いた。
早く戻らないと、化粧を直さないと
もうバレてるだろうが、出来るだけ平静を装って戻りたかった。
悔しい、悔しい、悔しい悔しい!
私は深く傷付いた。
その時の、管理職の女の言葉も声も、周囲の音も、まるで録画を再生するように鮮明に何度もリフレインした。
しかしその時近くに誰が居たのかは、未だに全く思い出せない。
おそらく、当時周りにいた人間の名前を挙げることで、女の仕返しのとばっちりを被らないように、それからの事情聴取の度に私は一切名前を出して来なかったので、記憶から薄れていったのであろう。
それがパワハラだと認識したのは、しばらく経ってからだった。
それまで私は、悪いのは出来なかった私だと考えたり、いいえ悪いのは私じゃないと否定したり、このことを考えると心のコントロールが効かなくなっていた。
まさか私がパワハラの対象者になるなんて、思ってもみなかったことで、認めたくなかった。
しかし私の五感は完全に現実を受け止めてしまった。
あの時どうやって立ち直れたのか。
後から聞いた話だと、私が部屋を飛び出して直ぐに同期が数人、社内を探し回っていたことを知った。
私にも心配してくれる人間がいたと知って
心が熱くなった。
さっき飛び出した女性社員は、私が退社するまで戻って来なかった。
上司に聞くと「早退したみたいだね」と。
私はパワハラを許さない。
続く
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ハラスメントはあってはならないことです。
今や企業のリスクマネジメントにおいて欠かすことの出来ないものとされています。
SNSコミュニケーションの現在は、レピュテーションリスクに備えることも必須となってきました。
まずは、当事者を作らない努力をすること。
そのためには、企業、経営者がまずハラスメントは許さないと言う姿勢をしっかりと公言してください。その上で、ハラスメント、メンタルヘルスの相談窓口を設けきちんと稼働させることです。さらにそれを従業者にわかりやすく告知すること。そしてハラスメントとは何かを教育することです。
これらを行うことで、経済的な損失も人材の損失も防ぐことができます。これが出来れば、従業者からの信頼を得、それは社会からの信頼に繋がります。今も昔も優れた経営者に共通するのは、「企業価値を上げる為には、まず人を大切にすること」です。
続く
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