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新潮文庫の『坊っちゃん』を、Ama○onで買ってはいけない理由

 新潮文庫から出版されている、夏目漱石の『坊っちゃん』。341円という安価な価格と携帯しやすい文庫サイズから、各出版社から発行されている『坊っちゃん』の中でも人気のある一冊となっています。しかしながら、私はこの新潮文庫の『坊っちゃん』を、安易に――とりわけAma○onなどのネットショップで――購入するのはお勧めしません。
 今回は、一見メジャーに見えて案外癖の強い新潮文庫版の『坊っちゃん』を紹介したいと思います。



こちらが表紙です

いいところその1. かさばらない手のひらサイズ

 縦15センチ、横10.5センチの新潮文庫版は本当に携帯しやすく、通勤時の立ち読みはもちろん、ちょっとした旅行にも気軽に持っていくことができます。このサイズ感は『坊っちゃん』愛好家としては非常にありがたく、先日旅行に出かけた際にも、あれこれ悩むことなくボストンバッグに詰め込むことができました。

いいところその2. 非常に充実した注釈

『坊っちゃん』は1906年に出版されただけあって、「金壺眼」だの「モモンガ―」といった現代の私たちでは理解しにくい単語や表現がたくさんありますが、それらには注釈で詳しい説明書きがあるので大変助かります。

 ちなみに「モモンガー」には、江戸時代にはこの名前の化け物の話が広まり、子どもを脅す際などによく使われたと書かれています。おそらく国語辞典を調べても、こんな意味は載っていないでしょう。

 そんな詳しい注解が全部で246もあり、他の出版社の『坊っちゃん』と比較しても充実しているため、ちょっとした辞書替わりに使うこともできます。

いいところその3. 江藤淳氏による詳しい漱石の文学観の解説

 解説は文芸評論家の江藤淳氏によるもので、前半は夏目漱石の生い立ちとその文学観について、『坊っちゃん』の解説は後半からとなっています。

 夏目漱石論を書かれた方だけあって、前半の漱石文学に対する解説は、大変勉強になります。夏目漱石を研究する人にとっては、この部分を読むためだけでも新潮文庫の『坊っちゃん』を購入する価値はあるでしょう。

よくないところその1. 文字が小さい

 トータルで234ページの文庫サイズは携帯に便利なのですが、代わりに文字サイズはかなり小さくなっています。そのうえ、「然し」や「襯衣」といった言葉のとなりに「しかし」や「シャツ」といったふり仮名がさらに小さく書かれているため、読んでいるとけっこう目が疲れます。

 一番文字の詰まっているページに至っては、このようになっています。

「ギチギチ」という音が聞こえてきそうです。

よくないところその2. 肝心の『坊っちゃん』の解説が物足りないうえに、誤読している

 江藤淳氏による解説は全部で23ページあるのですが、そのうちの14ページが夏目漱石の生い立ちとその文学観について書かれていて、肝心の『坊っちゃん』の解説は9ページしかありません。しかもそのうちの4ページが執筆時期や原稿のありか、いかに驚異的なスピードで執筆されたかについて書かれていて、最後のページはわずか2行しか書かれていないことから、『坊っちゃん』の内容に触れられているのは実質4ページほどということになります。
 正直なところ、これはちょっと物足りないように思ってしまいます。

 ちなみに物語の解説としては、旧幕臣の出である坊っちゃんと山嵐が、実は敗者に他ならないという物語の悲劇性を指摘するものとなっていて、要領よくまとめられてはいるものの、如何せん4ページしかないため、『坊っちゃん』に詳しくない人が読んでも、中途半端な理解しか得られない可能性が あります。

 そして「勝ったはずの二人は辞表を出して「不浄の地」を離れなければいけなくなり」という記述は、論理的に矛盾している上に、誤読であると言わざるを得ません。まず不浄の地は「穢れた地」を意味するのだから、そこから離れられるのは喜ばしいことのはずです。現に坊っちゃんは、「船が岸を去れば去るほどいい心持ちがした。神戸から東京までは直行で新橋へ着いた時は、ようやく娑婆へ出たような気がした」という感想を漏らしていて、少しも後悔の念を吐露していません。
 そして山嵐はともかく、坊っちゃんは辞表を出して離れなければならなくなったわけではありません。狸は坊っちゃんを引き留めようとしたし、残ろうと思えば中学校に残ることもできました。少々乱暴な表現であるものの、岩波文庫における平岡敏夫氏の「勝手に辞めた」という記述が正確であり、江藤の解釈は自分から三行半を送りつけた坊っちゃんの自発的な選択を無視してしまっている点において、誤読であると言わざるを得ないのです。

『東大生でも書けない坊っちゃんの読書感想文』に書いてあるように、私が『坊っちゃん』を比較するにあたって解説を何よりも重視する方針なので、こういった点はウィークポイントだと言わざるを得ません。

結論. 夏目漱石を研究する人にはおすすめできるが……。

 結論としては、これから夏目漱石を研究する人にはおすすめできる一冊だと私は思います。やはり江藤淳氏による漱石の文学観の解説は素晴らしいですし、これを読むためだけに新潮文庫の『坊っちゃん』を購入する価値は十分にあります。

 ただ、これから『坊っちゃん』の読書感想文を書くつもりの中学生には肝心の『坊っちゃん』の解説が少なすぎるうえに誤読しているため、あまりおすすめできません(小学生はなおのことです)。ある程度『坊っちゃん』に対する知識があれば別ですが、そうでなければ十分な理解が得られないでしょう。
 また、大人の方であっても、本を読むという行為が苦手な方や、最近視力が落ちてきているという方も、細かい字は目が疲れて読むのをやめてしまうおそれがあるため、おすすめできません。

 以上で新潮文庫の『坊っちゃん』のレビューは終わります。購入する際にはAma〇onなどのネットショップではなく、書店に立ち寄って実際に手に取りながら検討されることをおすすめします。

  この調子で、残り21冊の『坊っちゃん』のレビューをしていけたらと思います(さらにもう1冊買い足したので、総数22冊ということになりました)。


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