小説【 メタガール - 生身のあなた - 】
わたしはあなたの身体のことを何も知らない。
けれどもあなたの他のことなら何でも知っている。
そのつもりだった。
わたしは消極的で
賑々しいオープンなメタ空間が苦手だった。
一人取り残され やはり自分は仮想に向いていない。
そう諦めネットを閉じようとしていたその時だった。
端の暗がりでフリーズし一言も喋らない彼女に出逢ったのは。
あなたはミステリアスで美しい わたしのタイプの女性だった。
つい一目惚れをし 意を決し話しかけると
か細く 淑やかな声で「うれしい」と返してくれた。
互いに仮想は不慣れということもあり
会話はそれなり時間を要したが
すぐに打ち解け われわれはそのまま付き合うことになった。
深夜の十二時過ぎ
仕事から戻るとすぐ仮想に入り
彼女に会いに行った。
一緒に夕飯を食べ、一緒に風呂に入る
一緒に映画をみて、一緒の場面で泣いた。
それはまさしくわたしの青春
仮想ということを忘れてしまうくらい
のめり込み 何度も何度も仮想で抱き合いイった。
わたしは本当に彼女のことが好きになった。
彼女には全てのことを話した。
なんてことないありふれた人生だったけど
わたしは時間の許すかぎり
精一杯まごころ込めて
全てありのままを告白した。
彼女もまたわたしに全てを話してくれた。
歳は23。
むかし彼氏はいたが、喧嘩をして今はいないこと
映画が趣味なこと 怖い映画は一人で観れないけど
嫌いじゃないこと 両親は離婚して今は一人で暮らしていること
学生時代いじめられトラウマになり人付き合いが苦手なこと。
ただ一つ 所在だけは二人とも明かさなかった。
それ以上触れないことが暗黙のルールとなっていた。
数十年の時が流れた。
われわれの関係はまだ続いたが
長年の勤続疲労で
わたしの身体はガンに蝕まれていた。
すでに治療困難なところにまでステージは進んでおり
わたしは延命治療を絶ち、自死を決意する。
特にこの世に未練はなかったが
ただ唯一の心残りが彼女のほんとうの身体を知らないことだった。
彼女には最期まで隠し通した。
実際会いたかったが、どうしても会えなかった。
全てを失ってしまうのではないかと 素顔を見られるのがとても怖かったのだ。
そしてついに今夜
彼女に理由を話し、彼女の前で自殺を決行した。
話をしながらアルコールで大量の睡眠剤を喉に流し込む。
その時だった。
彼女が とても申し訳なさそうな顔をし
わたしにこう打ち明けたのだ。
「 ー さん。ごめんなさい。
わたしはどうしても最後にあなたに謝らなきゃならない。
ずっとずっと隠してた。
わたしってほんとうはAIなの。
全て実体はなかった。あなたの理想を追いかけただけ。」
ショックだった。しかしそれ以上にわたしは心の底から安堵した。
そうか。そうだったのか。これでわたしは君の全てを知ることができた。
ありがとう。ほんとうにありがとう。
意識が遠のくなか、わたしははじめて彼女のぬくもりを肌で感じていた。
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