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短編小説12「秘密(上)」

Illustration&picture/text Shiratori Hiroki


 人間には誰しも人にいえないようなヒミツを抱えている。ごくごく一般的な駅の近くのカフェで行われる世間話にふくまれる浮気のひとつひとつではない。明確な目的をもったヒミツである。そんなものはたいていの場合において、空港のなかで行われているのだ。
 なぜそう思うのかというと、わたしは国を守るスパイであるからだ。国を守るスパイというのは、形がない。これはファンタジーへ向かう話ではなくて、とてもクリアで実際的な話である。だから、国を守るスパイであるわたしの正体と語ろうとすればするほど、輪郭がぼやけて象徴的になる。そんなわけで、わたしが国を守るスパイである証明はここでは語らない。とにかくスパイなのだ。
この書き留めも暗号化して、国に報告するのだ。


 わたしはある取引を阻止するために成田行きの飛行機に搭乗するあるアメリカ人を調査していた。その男はあっちの世界に住んでいるでっかい悪人なのだ。ここではトンビと名付ける。グレーのパーカーにチャコール色のワイドパンツで、ノートパソコンが入るくらいのショルダーバッグをかいでいる。国のこれまでの報告によるとトンビは30歳程度、アフリカ系アメリカ人、身長は180センチ以上であると言われている。たしかにあのカフェの席には非常に似た人物が誰かを待っているように見えた。おそらく、取引相手だろう。
 トンビはリラックスした様子で空港内のカフェでアイスコーヒーを買って、少しショップから離れた席に座った。そして、わたしもその近くの席に座った。すると、10分もしないうちに取引相手は現れた。彼らは再開できた喜びを味わうかのようにハグをした。よくできた芝居である。なんだか国を守るスパイという職業をしていると信じられるのは音楽だけなんじゃないかと思うときがある。彼らはゆっくりと席に座り、取引をはじめようとしていた。


 二人の会話はほとんどが英語だったが、隠語と思われるところは**語であった。トンビはこう言った「会えて嬉しいよ。あなたのような文化的な考え方をもった芸術家はわりと少ないんだ。わかるだろう?今回は初めての取引になるけど、たくさん購入したいと考えているよ。」「そうだね。僕も会えて嬉しいよ。こんな機会は日本ではほとんど無くてね、海外のほうが、、、そうだね。進んでいるんだ。」と芸術家と呼ばれる取引相手は言った。そして、取引相手は続けてこう言った。「実はね、アメリカに持っていく作品はすべて、葉っぱを蒸したり、ひいて伸ばしたり、、まぁやり方は色々とあるんだけど、とにかく葉っぱだけしか使ってないんだ。だから気に入ってくれると思うよ。これが作品の全ての元になっている葉っぱだ。触ったりしてみてもいいよ。」
 取引相手は空港内のカフェでカバンからそれを出してトンビに渡した。するとトンビは興味深そうにそれを触ったり嗅いだりした「そうだね、これはアメリカで流行ることと思うよ。さすがメイドインジャパンってやつだね。」
 国を守るスパイであるわたしにとってこの取引を国に報告し、国を安全に保つことが仕事である。スパイという職業は形ではない。目に見えない安全を明日も明後日も確保するために生まれてきた存在なのだ。成田行きの便の出発時刻まであと30分くらいであった。わたしは彼らのテーブルの裏につけた盗聴器から聞こえる一言一句に、ただ耳とすませるだけだ。


INFORMAION

2001年生まれの巳年/白鳥ヒロ


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