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陽の光と雨の日に歌う歌



 太陽がぱぁっと煌めいている朝に、カーテンからこぼれてくる眩しい光で自然と目が覚めると、僕はとても幸せな気分になる。「今日も一日頑張るぞ!」という活力が胸の内側からじんわりと湧き上がってくる。

 反対に、ざぁざぁと雨が降っているどんよりした曇りの朝に、人が寝ていることができる時間の限界を迎えたように仕方なく目が覚めたときは、晴れの日ほどの元気が出ずに「今日は残り十数時間も残っているのか」と無気力になってしまう。別にネガティブになることはないけれど、晴れの日のテンションの十分の一ぐらいの活力でしか動けなくなる。

 人は、自身が置かれている環境からの影響を大きく受けている生き物だ。
そして、それらの環境は自分の力で変えられないことが多い。簡単な話、僕達は寝起きの天候はコントロールできない。

 小さい頃からその日の天候や日照量が、一日のモチベーションや元気の総量を決めてしまう生活だったので、毎日快晴だったらいいのになぁ、といつも思っていた。毎日快晴だったら、どれだけ楽しいだろうか。

 恵みの雨は、寝ている間に降ってくれたらいいのに、と小さい頃からお天道様に願っているが、今のところ僕の声は届いていないようだ。

 でも、僕は雨の日に気分がどんよりしてしまうだけで、凄く雨が嫌いなのかと言われるとそうでもない。水たまりに飛び込んでいくのが凄く好きだし、雨に濡れるのが好きで小学生のときはわざと傘を差さずに学校から帰ることも多くあった。

 それに、普段晴れの日に活発に外で動いている分、雨の日は絵を描いたり本を読んだり、トランプをしたりと穏やかな室内の遊びも楽しんできた。ゲームも大好きだ。

 きっとこれらの遊びは、毎日が快晴だったなら、やってこなかったであろう遊びだ。毎日の天候は変えることはできないから、自分からそのときその場でしかできない楽しみを見つけて楽しんできた。

 どうして雨の日に気分がどんよりするのかは未だに分からないけれど、晴れの日も雨の日も両方楽しめるようになりたい。

 周りの与えられた環境は天気のように絶えず変化していくから、どんな環境にも適応できる人になりたいのだ。

 嫌だなぁ、気分が落ち込むなぁ、面倒くさいなぁ、と思うことでも、普段だったら見つけられないようなチャンスや楽しみが隠されているかもしれない。友達との約束が急遽なくなったときも、「ならこれできるじゃん」と別の楽しいことに時間を使えばよいのだ。

 せっかく逃げられない、やらざるを得ない環境にいるのであれば、そこで何を手に入れることができるのかを見逃さないように見つけていきたいと思う。楽しむために生きている。気分がどんよりしてしまうことは仕方のないことだけれど、すぐに別の楽しいことを見つければよいのだ。

 私達に与えられる変えることができない環境は、天候だけではない。生まれてくる土地、両親、出会う人々、能力や才能、などなど。いろいろと自分自身ではどうしようもないことがこの世には沢山存在しているはずだ。

 でも、せっかく生まれてきたのだから、それぞれの美味しいところを味わって楽しく生きていきたい。

 晴れの日はこんな楽しいことをして、雨の日は少し気分が下がってしまうけれど、普段やらないこういう遊びをする、という具合に。

 お金のかかる遊び、かからない遊び
 体を動かす遊び、頭を使う遊び
 一人で楽しめる遊び、複数人で楽しめる遊び
 時間のかかる遊び、かからない遊び
 晴れの日に楽しめる遊び、雨の日に楽しめる遊び

 そういう「楽しいことレーダー」を常に最新にアップデートしながら、ウキウキした気分で毎日を過ごしていきたいと思う。

 晴耕雨読のライフスタイルを目指している。





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