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木屑、仄暗い街かど


刃渡り五センチ程度の古臭い刀をつかって
新しいコクヨの鉛筆を、私は今日も研いでいる

また、新しい作品を書くんだ

夕凪のさなか、真っ暗な街の片隅で
仄めかしいほどの小さな灯りを点けて
私は今日も、作品を書いている

ビジネスライクな人たちからは、
「小説なんて」といわれるけれど、
私はどうしても、
そういう鈍臭いものしか好きになれない

分かっている

あくまで大切なのは現実世界の方で、
物語を想像することよりも
明日を力強く生きていく方が大切なんだ

でも、今よりも、もう少し、
もう少しだけ、
みんなが心休める〈隙間〉みたいなものが、
もっと増えたらいいなと

そして、できればその〈隙間〉を、
自分でつくってあげられる人が
もっと増えればいいなと思って
私は作品を書いている

仲の良かったあの人が
あれほど素敵な笑顔のあの子が
もうこれ以上、泣かなくてもいいように

そのための第一歩として、
私は作品を書いているんだ

それだけが、唯一私に許された自由だから
書くことだけが、私に自由を与えてくれる
鉛筆の先端に意識を集中しているこの瞬間だけが
私を真っ新なところへつれて行ってくれる

それがとても、心地良い

私は、自由になれるんだ
この、瞬間において



人は生かされているだとか、
使命を持って生まれてきているだとか
そういうことは詳しく知らない

天命を全うすることが云々とか
人の役に立たないやつは屑だとか
そんなものは知らない

私もあなたも、誰もかれも、
きっと誰かの役には立つし
他の誰かの邪魔になるだろう

誰の役に立てばいいのか
どこへ向かって進めばいいのか

全く分かりはしない

こんなに深く考えても
全てを放り出して真っ新になってみても
結局何も、分かりはしない



私は作品を書いている
いつか、これを読む君のために

そこからは一体、何が見えているのだろうか
君はいったい、そのとき何をしているだろう

私が書き〈続けている〉のは
椿の花が咲くころに
また君に出会うためだ

遠い未来の記憶の断片
いつしかのあなたに

きっと会えると信じているから
私はまだ、書き続ける

遠く光る北極星の
その少し奥に見える
ぼんやりとした人影

きっと、これに見合うはずだと
いつか辿りつくはずなんだと

そう信じて進んでいる

今日はちょっと、良い日になったよ
君はそこで笑っているか

きっと笑っていればいいなと
そう思っているよ

これらの病める花々を
いつかのあなたに捧げよう

椿の花が咲くころに
また、どこかで会いましょう

さようなら、また明日









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