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今のところ嘘をつき続けている私/真野愛子

1週間前のことだ。
ライターをしているわたしはキリのいいところで原稿を切り上げ、近所のインドカレー屋さんに入った。
初めて見るインド人の店員さんが注文を取りに来てくれた。

しばらくして注文のベジタブルカレーとナンが運ばれてきて、腹ペコだったわたしはナンをちぎってはカレーにつけて勢いよくそれを口に運んだ。
おいしい――。
ふと気づくと、さきほどのインド人の店員さんが水差しを持って、わたしのコップに水を足している。
「あ、ありがとうございます」
頬張りながら伝えると、店員さんは言った。
「おシゴトはナニをしてますか?」
えっ。
お仕事?
わたしはライターだ。
けど、こういう時にヘンに馬鹿正直に答える必要はないだろう。
そもそも他人の仕事ってよくわからないし、うまく伝わらない。
伝わったとしても「どんなこと書いてるの?」とか聞かれて説明がややこしくなったりする。
この手の質問はあたりさわりのない返答でいい。ただの世間話だ。
なので、こう答えた。
「デスクワークです」
「デスク? ツクエ?」
「はい」
「どんなツクエ?」
はぁ!?
机はコクヨなのだが、そんなことを聞いているわけではなさそうだし返答に困っていたら、店員さんはこう言った。
「アナタ、ツクエつくってるの? デザイナー?」
 
えぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!?
デスクワークって答えたのに、机のデザイナーという解釈??
うそーん!!!
驚いた上に、これは面倒なことになりそうだと思い、ついこう答えてしまった。
 
「はい、そうです」
 
やべッ!
わたし、机のデザイナーになっちゃったよ!!
 
「スゴイですね! どんなツクエですか?」
 
だから!
デスクワーク(desk work)ってそもそも英語でしょ?
日本人も英語圏の人もインド人も、デスクワークはデスクワークじゃないの!?
なんでそうなるかなぁ~。

わたしの発音がよくなかったのか、それともわたしの声が小さくて正しく伝わらなかったのかは不明だが、とにかく、これ以上続けたらややこしくなると判断し、早めに会話を切り上げる作戦に出た。
 
「いろいろつくってます。オフィスのデスクから食事をするテーブルまで。けど、まだアシスタントなので勉強中なんです。よくわからなくて」
「イクラしますか?」

 え、まだ続けるの?

「値段ですか? 高いのは100万以上しますし、安いのは数万円のもあります」
「オー、スゴイですね! 今は休憩中デスカ?」
「はい、仕事がひと段落ついたので、ランチに来ました」
「(カレーは)オイシイですか?」
「はい。とっても」
「戻ったらまたおシゴトですか?」
「そうなんです。まだ仕上げの作業が残ってて。あ、わたし、デザイナー兼職人なんですよ。自分でデザインしてつくるんです。オーダーメイドで」
「それはタイヘンですね」
「まだまだ半人前なので、師匠に怒られながらやってます。あ、そろそろ時間なので急がなきゃ!」
と、ナンをちぎる。
「ガンバってくださいね」
「ありがとうございます」
店員さんは水差しを持って厨房に帰っていった。

ハッー……。
膨大に嘘をついてしまった ○| ̄|_
しかも、途中からポンポン嘘がとび出ることに気持ちよくなってキャラクター固めようとしてるし(笑)。
20代のわたしだと、まだまだ修行中のほうがそれっぽいし、デザイナーと答えているのに「つくってる」と表現してしまったので、デザイナー兼職人にしたほうが矛盾はなくなる。
罪の意識がないわけではないが、我ながらいい感じでキャラクター造形できたと悦に入ってしまった。
その後カレーを食べ終え、会計を済ませると、自宅に戻って原稿の続きを書いた。


そして昨日だ。
なんとなくカレーの気分だったので、そのカレー屋さんへまた行った。
たぶん大丈夫だろうと高をくくっていた。
が、入った瞬間にあのインド人の店員さんがいた。

「イラッシャイマセ。あっ、デザイナーのカタね!」

覚えてたよー(泣)。
また、机のデザイナー兼職人にならなきゃいけなくなった。
これは気が抜けないランチになりそうだ。
「今は休憩中デスカ?」
「はい、仕事がひと段落ついたので、ランチに来ました」
「タイヘンですね」
どうやらこの店員さんは話好きだ。
わたしはオーダーを済ませても気が気でなかった。
あの店員さんは、また絶対に来る。
そしてわたしにいっぱい質問してくるに違いない。
どうしよう……。なんかそれっぽい設定を考えなきゃ。
案の定、わたしが食べていると店員さんは水差しを持ってやってきた。

「今はどんなテーブルをつくってマスカ?」

来たよ。

「今は、おっきめのテーブルにとりかかっています。お客さんが別荘のリビングに置きたい大きめのテーブルがほしいって」
「タイヘンですね」
「師匠といっしょにつくってて、わたしはアシスタントなのでそれほど大変ではなくて」
その後も、家具のデザイナー兼職人として会話を続けたのだが、やはりどこか無理があるのか仕舞いには苦し紛れにこんなことをくちばしってしまった。

「いつか、この店のテーブルをつくらせてください」

我ながら、なんじゃそりゃと思った(笑)。

「その時はヤスクしてクダサイヨ」

「もちろん!」

もう後戻りはできない。

店を出てから、こんな2つの選択肢が見えてきた。
もう二度とあの店には行かないという人生か。
それとも、また平然と行って嘘をつき続ける人生か。

二度と行かなければ、確かに解放されるのだが……
あの店、カレー美味しいしなぁー。

ふと、ひらめいた。
こんな時、小説家や脚本家はこの後どんな展開をつくるんだろうか?
きっと素敵な嘘をついて、笑顔になるエンディングを用意するはずである。

今のところわたしは嘘をつき続けている。
罪の意識がないわけではないが、ちょっとだけ楽しんでもいる。
こうなったら、小説家の養成講座やシナリオスクールでも通おうかなと思い始めているのだ。

わたしの嘘の着地点はどこなのか――すごく興味がある。

正直言うと、店員さんに嘘をついている時はそれがバレないかとドキドキしてるんだけど、するりと切り抜けられた時は快感が走るんです(爆)。

わたし、ヘンタイなのかなぁ?

【真野愛子 プロフィール】
フリーライター。『アンポータリズム』などにコラム掲載。超インドアですが、運動神経はよい方だと思ってる20代。猫とバイクが好き。将来の夢は、お嫁さんw 

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