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【仏教解説】古来の僧侶と現在の僧侶の逆転現象

自分は生まれて、意識が覚醒した時から、様々な情報を収集していた。

だから、精神や人格に関する情報を大量に保有した状態で成長していった。

そのため、多くの情報の矛盾に気がついてしまう。

それが原因である問題が発生した。

私は、自分に適した仕事を見つけることが出来なかった。

私は、重大な情報に矛盾や不自然な点があれば、宗教であれ、医学であれ、心理学であれ、様々な研究であれ、それを許さない姿勢を持っていた。

大体、目に見えない領域の学問は、矛盾や不自然な点を多く含んでいる。それを、許容できない限り、そこで働くことはできない。

もし、私が、それらの分野に携わって、内容に干渉しようとすると、多くの争いを生んでしまう。

過去の記事を読んだ方なら分かると思うが、私は、本来、仏教関連の仕事につくのが自然な人物に見えるかもしれない。

しかし、現代の仏教と、初期の仏教は大きく違うのである。

もし、関わっても、葬式などで、必死にお布施を集めたりするビジネス的な職業に変化しているので、私とは関係がない職業である。

昔と同じような考え方の宗派があったとしても、考え方の違いで僧侶たちと争いになることが予想される。

私は、そもそも、お経という、謎の概念を持っていない。

輪廻転生や死後の世界という、謎の概念を持っていない。

現世、つまり、現実世界に干渉している内容しか、私は受け入れない。

宗教の教えを守ったら、死んだ後に救済がある?

死ぬ前に救済できないのか?

宗教の教えは、生きている人々を物理的にも精神的にも救えなければいけない。

だから、祈りや瞑想は、本来は適切な手順が存在しており、医学的な理論や原理が存在している。

このような情報は、あまり知られていないが、祈りという行為は祈祷とも呼ばれ、古来より伝わる儀式的なものである。

なので、適切な手順が存在しており、様々な医学的な効果が存在している。

そもそも、精神関連の異常は、適切な手順を経て、本気で祈るだけで対処できたりする。

なぜなら、祈りとは、催眠療法と同じ効果を自分自身に与える技術でもある。

自己催眠による、催眠療法(ヒプノセラピー)だと考えれば分かりやすい。

催眠は解けるという考えがあるが、解けない催眠が存在する。

それは、人格である。

催眠は、一時的な解離によって発生しているという説がある。

解離とは、多重人格(解離性同一性障害)の原因である。

そして、催眠療法が解離性障害の治療法になっている。

催眠とは、自身の精神や人格に干渉することができる、変性意識と呼ばれる状態である。

だから、祈りによって変性意識の状態に変化した時に、精神関連のトラブルが解決する場合がある。

多重人格の治療法が、催眠療法ぐらいしかないのは、人格や精神に大きく干渉する方法がそれしかないのである

なので、本来は精神科で治療を受ける必要のない大勢の患者が、実際には存在している可能性がある。

こんなことばかり、話していたら、あらゆる精神関連の仕事(ビジネス)の邪魔だと、追い払われかねないのが問題でもある。

ついでにいうと、フィルター仮説の統合失調症における、フィルターの破損(人格の破損)も、祈り、つまり、祈祷で対処する。

人格の破損は、人格崩壊とは違い、対処をはやくしないと、左脳の萎縮が発生して後遺症が残る可能性がある危険な状態である。

人格に大きく干渉するには、変性意識の状態しか不可能であることを忘れてはならない。


そもそも、私の視点からは、精神関連や宗教関連の仕事には、まともなものがない。

薬に頼り過ぎであったり、その場しのぎの対処であったり、そもそも、明確な治療法が存在していなかったりと、それらの学問には不信感しかない。

そもそも、祈りや、祈祷で、昔は不治の病とされ、未だに明確な治療法が確立されていない、統合失調症が一瞬で治ってしまうことが、異常であることを受け入れないといけない。

この世界は狂っている。

私は、昔から周囲の人間からは、馬鹿、不良品、出来損ない、低知能、無能、負け組、貧乏人、障害者、発達障害、など、好き勝手に言われているが、本当にそうなのか?

実際には逆ではないのか?

この世界の人間は、金銭や生活の安定に目が眩んで、現実が見えていないように感じるのだが、私が間違っているというのか?

本来は、絶対に見逃さないような間違い、勘違いや矛盾を気づかずに放置し続けるような、社会のシステムそのものが異常なのではないか?

本当に、金銭を稼ごうとして競い合うような競争社会は個人の能力を引き出しているのか?

仕事と金銭は結びつけても大丈夫なのか?

私は研究に関して、金銭を全く得ていない。

金銭を貰うための研究ではなく、誰かがしないといけないから、適任である自分がしているだけでもある。

自身が、ギフテッドと呼ばれる特徴を持っているなら、金銭に関係なく、自分にしかできない仕事や作業をするべきだと、判断した結果が現在である。

もちろん、人格破損による統合失調症のデータを取っているので、陽性症状と陰性症状が入れ替わる原因や、タイミングも記録している。

私は、統合失調症の状態で、言葉をまともに話せなくなっても、身体が思うように動かなくなっても、病院に行こうともせずに、自分の仕事を黙々と続けるプロ意識の高い子供であった。

【日本にも、そんな子供が実在したことを忘れてはならない】

子供たちを社会に適応させるのではなく、社会の方が、そういった子供たちに合わせるべきではないのか?

大人は子供たちを舐めすぎている。

学歴や肩書や知能を過信している。

知能だけで解決できるほど、この世界の問題は簡単ではない。

多くの人々は、私の姿や、履歴書を見れば、何もない価値の無い人間だと認識するだろう。

しかし、私の考えは違う。

私の人間に対する考えは、学歴や学力、見た目や資産、履歴書などで判断できるほど、人間の価値は低くない。

人間の価値を理解しているから、社会のシステムを批判したりする。

本当に、そのシステムは人間が持っている本来の能力を発揮できるようになっているのか?

学校のシステムには問題はないのか?

仕事や作業はできるだけ、ロボットや機械に任せて、人間は別のことをするべきではないのか?

なぜ、こんなにも人間たちの能力は低下して、落ちぶれた?

自分で生み出した人格が破損して、自分で対処できない?

しかも、世界中の人間が人格の修復の方法を知らない?

統合失調症を数百年も研究しているのに、メカニズムや治療法がわからない?

そんな、堕落した人間たちの姿を、私は見たくはなかった。

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