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映画『まともじゃないのは君も一緒』感想

予告編
 


無知の功


 「タイトルの美しさに惹かれた自分が居る。多数派の意見を〈まとも〉と訳しているからこその……」

と、書き出したのですが……我ながら気取った書き出しだなぁ、なんて。自分で書いといてなんですけどね、ホントに。

 そんなことはさて置いて。

 しかしながら書き出して早々「〈まとも〉と訳している~」の辺りで「あれ……そういえば〈まとも〉ってどういう意味なんだろう?」という些細な疑問が浮かび、キーボードを打つ手が止まる。いやまぁ、意味自体は当然知っていますが、正確に説明しようとすると途端に言葉に詰まるなぁ、と思って。
 ここから先は僕の不勉強が故の意見なので、作品の細かな感想については後回しです。ごめんなさい。でも僕にとっては凄く重要なことなんです。

 【まとも】:ま-と-も
 真面目なこと。正当であること

 うんうん、僕もそういう認識で使っていた。他にも「策略や駆け引きをしないこと」なんて意味もある。そういや 確かに「まともに戦ったら勝てない」みたいな使い方もしますもんね。これもわかる。そしてもう一つ。これが無知蒙昧な僕の脳ミソに衝撃を与えた——「まっすぐに向かい合う事」——……うっわぁマジか。言われてみればそうだ。自分はなんて、なんとなくで言葉を使っていたのかと反省。



 ここから本題。本作は、数学一筋で育った、コミュニケーション能力が低い予備校講師・大野(成田凌)と、恋愛経験ゼロの女子高生・秋本(清原果耶)が織り成す恋愛コメディ。経験が無い者同士の不毛な掛け合い、それでも “普通” の恋愛を追い求めていく様が凄く面白かった。コミュニケーション能力が乏しい大野を幾度となく「まともじゃない」と評する秋本でしたが、その実、彼女自身もなかなかにブッ飛んだ手法で大野の恋愛に首を突っ込んでいく。最初は「大野こそがまともじゃない」と言わんばかりの描かれ方なのに、「どうやら彼女の方もまともじゃないな」と思えてくる。「非常識はどっちだ」がキャッチコピーである昨年公開の映画『ミセス・ノイズィ』(感想文リンク)にも似た、物語の展開によってキーワード(本作で言えば「まとも」)の対象が移行、或いは拡大していく面白さがあるように思います。

 小説やドラマ、映画、果てはアーティスト名に至るまで、名前やタイトルが文章というかまんまメッセージになっていることが多い気がする昨今。本作もその部類に入るんでしょうけど、『まともじゃないのは君も一緒』というメッセージが持つ意味が、作品を通して変化していく感じが一番の魅力。恋愛に疎いことを馬鹿にされた大野が秋本に言い返すような印象かと思えば、“まともじゃない” ≒ “多数派じゃない” ≒ “特別” みたいな変化にも感じ取れたり、「君も一緒」という言葉が遠回しの愛情表現にも感じられたり……。観終わって色んな感想が頭を駆け巡る中、本項の冒頭で述べた「まっすぐに向かい合う事」という真の意味、これだけでまた新たな味わいが生まれてくる気がします。

 まともじゃない——まっすぐ向かい合っていない——のは君も一緒。果たして何になのだろう。自分の心になのか、或いは目の前に居る相手になのか。ああもう、そう考えただけで、もしかするとこの映画に込められた作り手の意図を凡そ大きく超えて、本作をより深く味わえる。過大なまでのイマジネーションへと変貌していく。深読みで結構、誇大妄想上等。……ああ、もう一度観に行きたい。



 ちょっとは中身の話もしなきゃ。(最期の段落だけネタバレがあるからご注意を。)物語の中で、相手の見方が変化するタイミングを目線で表現していたのは面白い。大野を見ている彼女の姿や表情ではなく、「この映像はきっと彼女の目に映る光景なんだな」と思わせてくれるようなシーン。大野の二、三歩後ろを秋本が歩いているシーンの直後に、おそらくそんな彼女の目線の位置ぐらいから捉えたような画角の大野の背中。“歩いているシーンだったから” というのもあるかもしれないけど、ここでカメラがほんの少し揺れていたのは、彼女の心が揺れ動き始めたということだったのかも。

 というのも、その直後に二人がカラオケに行ったシーンでも対比のようにこのカメラアングルが用いられていまして。楽しそうに歌う彼女の背中が映し出されるシーンで、それはまるでその場にいる大野の目線なんじゃないかと。先ほどと一つ違うのは、カメラが全く揺れていないこと。これまた “彼が座っていたから” と言われればそれまでなんですが、彼女が抱く大野への心境の変化とは対照的に、大野は彼女に対しての意識の変化が何も無いことを匂わせているようにも見えてくる。


 まともな精神、思考回路ではないからこそ起こり得る出来事の面白さの中に、ほんの少しだけ残るまともな感覚が良い仕事をしている。「うわぁ…」という共感羞恥、「え…、おいおい…」みたいな “間” のユーモア等々。意見が噛み合わない主人公二人の議論も然ることながら、言葉にしない面白さもあって良かったです。


 言葉にしないってことで言えば、本作の締め括りも素敵でした。「実は処女のまま」という答え合わせや、「僕も好きだよ」みたいな展開の普通のハッピーエンドになっていない。素っ頓狂と呼ぶほどではない、けれどありきたりな大団円でもない。“異常” というほどじゃない、“まともじゃない”ぐらいの塩梅は、本作の精神みたいで好印象です。


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