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映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』感想 

予告編
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何の気無しの男性諸氏


 ハリウッドの大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインの性的暴行事件を暴き、 #MeToo 運動のきっかけにもなった衝撃の実話を映画化した本作。
実際に事件を暴いたNYタイムズ紙の記者で、原作本『その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―』の著者でもあるミーガン・トゥーイー(キャリー・マリガン)とジョディ・カンター(ゾーイ・カザン)の二人の女性を主軸に物語は描かれていきます。

あらすじや予告編を見聞きしただけでは、ワインスタインの悪事を暴き、彼を追い詰めていくだけのサスペンス映画のように思えてしまいそうですが、実はそうじゃない。
奇しくも先々週ほどに投稿した映画『恋のいばら』感想文の中で「構造上、男側が卑怯な形で優位に立ってしまうということは現実にだって存在する」と述べたのと同様。劇中でも語られていた通り、一番の問題はワインスタイン以上に、性加害者を守ってしまう法のシステム。或いは黙認してしまう風潮や社会的な悪しき慣行。実際に本編では、ワインスタインに限らず、トランプ前大統領の件についても言及されていました。
そして本作は、それら構造的な欠陥を突くだけではなく、その根っこにある問題点までも浮き彫りにしていたように感じられました。



 被害女性たちの件について、男側が「 “寝て” 仕事を取っている~」だとか「 “合意の認識” のズレが~」だとか宣っている様子については、とてもわかり易く男の身勝手さが露わになっているシーンだと思います。けれど本作には、そんな明確な悪意だけではなく、多くの男性諸氏が気付いてすらいない部分についても描写されていたように思えてなりません。


 ある時、街中を歩く彼女の前を一人の男性が走り抜けていく際に、うっかりぶつかりそうになったのかもしれないが、「おっと失礼」みたいな言葉だけを残し、そのまま去っていく……。取り立てて物語には絡んでこない、まるで背景のようなセリフ。男性目線で見ると何てことのない瞬間だが、女性にとっては恐怖の瞬間になり得るものなんじゃないかと思わされる。

“見知らぬ男が話しかけてくる” という点で言えば、ほろ酔いの男がミーガンにヘラヘラと声を掛けてきたシーンの方が印象的ではあるし、走り去っていった男性にそんな下心のような他意があったとは到底思えない。でも、過剰な憶測だと捉えられるかもしれないけれど、考えてみれば、僕は何の気なしに一人で夜道を出歩けるが、女性一人ではそうとは限らないのと同様。レストランを出て、夜道を歩く背後から、怪しい車がゆっくり近づいてくるシーンが存在していたこともあり、本作を観ていると、こんな些細な瞬間にすら、想いを巡らせてしまう。


 小さな背景のようなセリフということで言えば、社内で「やぁミーガン」のように、通り過ぎ様に軽い挨拶を交わす男性社員のセリフも気になった。これ自体には然して不自然さは感じないものの、たとえばその直前、オフィスの一室で記事についての話をした後、男性上司が部屋を出て行った途端、ミーガンは女性上司から「辛いことはないか?」と尋ねられたので、現状の辛さを口にし始める。
部屋を出た彼女は、「やぁミーガン」という同僚男性からの軽い挨拶には気丈に返事をするものの、少し離れれば、再度表情が曇り出す……。

決してその同僚男性や男性上司のことを毛嫌いしているわけでもないし、彼らが悪人ということではないのだが、女性だけの空間になって初めて弱音をこぼすというシーンの直後のこの描写には、女性が普段、男性の見えない所で多くの気を張って暮らしていること、延いては、女性が気を張らなければならないような風土・慣習・風潮の社会であるということを暗に示していたとも見て取れるかもしれません。



 オスカーにはノミネートされていません(なんでだろう?)けれど、割と話題になっている作品故、敢えて細かい部分、というか個人的に気になった点についての話だけに留めておきました。
これは実際に観てこその映画。音声を背景にしてホテルの廊下だけがゆっくりと映されるシーンや、冒頭シークエンスなどの、敢えて描かれない描写なんかも非常に印象的。画作り(えづくり)一つで様々なことを示してくれているし、何より、本作自体を、性的な目的で消費させたりしない。


 妊娠や出産、或いはローラの乳房の摘出手術等々、女性だけが担う、或いは堪えている事柄を描きつつ、それに伴って映される、家族や日常という風景の存在も大きい。ワインスタインの非道の数々によって何が破壊されているのか、そしてそういった事件を明らかにしなければ、また悲劇が繰り返されてしまうことがよくわかる。同じくキャリー・マリガン主演の映画タイトルをもじるなら、”前途有望な若い女性たち——『プロミシング・ヤング・ウーマン』——の未来を奪っているのだ” と。(映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』感想文リンク

もっと言うと、まだ幼いジョディの娘の周囲ですら(その意味を知っていなくとも)「レイプ」等の言葉が潜んでいることが示されていたのも、これらが他人事ではなく、本当に身近なところでも起こり得るのだと、その危険性を示していたようにも感じられる。


 当初、本作について
「映画好きを名乗るなら、この手の話題を避ける選択肢はない。絶対にハズせない」
などと思っていましたが、それどころじゃない。ゾーイ・カザンがインタビューで「世の女性に観て欲しい」と述べていましたが、個人的には映画好きかどうかなど関係無く、「男にこそ観て欲しい」とすら思います。勇気ある女性たちへのリスペクトが込められた素晴らしい映画でした。



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