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映画『オットーという男』感想

予告編
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Be kind.


 『幸せなひとりぼっち』のリメイクということで、気になっていた中、ようやく鑑賞。まだ上映してて良かった。けど、すでに客席はまばらになり始めているみたいなので、興味のある方はお早めに劇場へ。



 当然、人それぞれ感じ方が違うでしょうけど、映画やドラマを観ていると「この人(キャラ)、本当はイイ奴に違いない」と思わせてくれる俳優を見つけることがある。たとえそれがどんな悪役だったとしても。もしくは逆に、何をやっても悪人にしか見えなかったり、ひょうきんにしか映らなかったり等々。僕の中では二人、何をやっても「きっと本当はイイ奴なんだろうな」と無条件・無根拠で信頼してしまうのは、マイケル・B・ジョーダン、そして本作の主人公オットーを演じる、トム・ハンクス。一部で「トム・ハンクスが珍しくイヤな奴を演じる」という触れ込みがあったけど、予告編を観ただけでもわかるように、或いは既に本編を観ている方ならご承知のように、またしても彼は “本当はイイ奴” でした笑。



 予告編でも触れられていた通り、妻ソーニャ(レイチェル・ケラー)を亡くし、独りで暮らしていたオットー。墓参りのシーンで、彼女が眠る墓に向かって彼が語りかけていたのは、日常の些細な不満や愚痴の幾つか、そして何より、彼女への愛。「君に出逢うまではモノクロの世界だった」「君が世界に色をくれた」というメッセージは、“彼女さえ居てくれればこの世界——オットーにとっての世界——は完璧だった” という彼の想いを如実に表現しているよう。

しかしそれは逆に言えば、ソーニャたった一人が存在しないだけで、彼にとって世界は完璧ではなくなるということでもある。とても規則正しい生活をし、ルールや規則を重んじて……というよりはむしろ、どこか囚われているかのように正しく在ろうとし続け、それを他人に対しても強く求める……。人事を尽くし、正しくないものを是正していく彼のそんな姿は、少しでも正しい世の中≒完璧な世界にしようとしている——それはつまり完璧な世界=愛する妻・ソーニャが存在する世界を求めている——ようにすら映る。けれど、ソーニャはもう亡くなっているように、いくら正すことに躍起になっても、この世界は完璧にはなり得ない。だからこそ、墓の前で愛を語るのと同時に、世間への尽きることのない不平不満や愚痴もこぼしていたんじゃないかな。

 そうやって正しさを求める一方で、完璧にはなり得ないと知っているからこそ、彼は妻の跡を追おうとしてしまう……。

 個人的に、最初に首吊りを試みる時のシーンが非常に印象的でした。手前に誰も座っていない机と椅子が置かれ、その奥に、これから自らの命を絶とうとしているオットー、という構図。その後、なんやかんやでタイミングを逸し続けていくのですが、ある時、先ほどとは場所が違うものの、車が無い空っぽのガレージが手前で、その奥にオットーが立っているという、先述した首吊りを試みるシーンと似た、“手前には何もない空間、その奥にオットー” という構図が再び描かれる。しかし、先ほどと少しだけ違うのは、一匹の猫がいること。少し離れたところからオットーをじーっと見つめていたり、足にしがみついてきたり、挙句の果てには彼の家に転がり込んできたり…etc.  本作において、追い出そう、追い払おうとしてもなかなかオットーから離れないこの猫の存在もまた重要なのですが、そんな猫が居ることで、首吊りのシーン——死のうとしている瞬間——と似た構図でありながらも、そのシーンとは違い、彼には死ねない理由がまだ残っているということを匂わせていた気がします。場所は異なれど、同様の構図を反復し、その中にある変化によって、死ねない理由、もしくは生きる理由というものを印象付けていたのかもしれません。


 本作は、まるで彼が言うところのモノクロの世界を表現したかのように、寒そうな冬の景色から物語が始まります。色味が少なく感じるのは、雪景色の白さだけではなく、なんとなく画面全体も暗めというか、色味の少ない調光だったのかも。そして、対照的に、オットーの回想シーン——ソーニャがまだ生きていた頃——は色味のある世界になっていて、こういったところでも、先述した彼のセリフ・想いを感じられて、とても素敵だと思いました。



 ルールを重んじ、規則正しい生活を送る……。ある種、とても合理的な人間かのように見せかけていても、なんだかんだと根っこのお人好しが出てしまうオットー。まるで、お人好しは損だと言っているような出来事ばかり。でも、お人好しが存在しないと回らないぐらい、世界は不完全なのだとも思わされる。

 ちょっと話が逸れるけど、オスカー受賞で話題にもなった映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』感想文リンク)の中でウェイモンド(キー・ホイ・クァン)が口にした「Be kind.」という呼び掛けは、作品が持つ重要なメッセージの一つだと思う(っていうか、インタビューとかネット記事なんかにも載っていたのですが)。本作を観て感じたことの一つにも、同様のことがあります。これまた受け売りの言葉が混ざってしまっていますが、「親切にしようよ」「優しくしようよ」というシンプルなこと、エンパシーを、それこそ “大きなハートを” 持って、他者や社会と接することが、本来は不完全なはずの世の中を、少しだけ良い方向に導き得る。あの堅物のオットーにすら「生きてみても良いかも」と思わすことができたように。そんなことを思わせてくれる素敵な映画でした。


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