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映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』感想 

予告編
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 〇  -円形-


 映画冒頭。丸い形をした卓上ミラーが中心に映る。その鏡面には、仲睦まじい家族の姿。たったそれだけの様子をじっくりと映した後、唐突な「バンッ」という音と共に、画角や構図は一切変わらないまま、部屋の雰囲気だけが一変する。そして相変わらず、丸い卓上ミラーのみがスクリーンの真ん中に置かれたままなのだが、その鏡面には何も映っていない……。
まぁ、鑑賞済みの方なら既にご承知の通り、本作では ”丸”、もしくは ”円” というものに、とても大きな意味がある。冒頭で示されたこの短いシーンで、既に本作の肝が提示されていたように思います。


 作中でも描かれていたとおり、人生の中で幾度も訪れる “選択” という名の分岐の一つ一つは、その人の生涯を大きく変え得る可能性を秘めている。卓上ミラーの鏡面に映る光景が一瞬で変化すること——ほんの少し角度が異なるだけでも、その鏡面に映る光景が大きく変化すること——は、選択という分かれ道が如何に一生を左右するかを示唆していたようです。

 また、マルチバースという概念を持ち込んだ本作においては、円形がもたらす “ポータル” のイメージも相俟って、より一層、今自身が生きているものとは別の世界線というものを意識させられます。特にMCU映画を観てきた人々にとっては、“円形”דマルチバース”という要素は、“ポータル”という連想を容易に引き起こすんじゃないでしょうか。ある意味このイマジネーションは作品の世界観に入り込むにはアドバンテージかもしれません。内容をすぐに理解できる。(話題作ということもあり、予告編や特集映像なんかも散見されていたので、マルチバースを舞台にした作品に不慣れな方でも問題無かったとは思いますが。)


 冒頭のシーンの話に戻りますが、その鏡の中にズームしていくような映像も面白い。「様々な世界線が在り得る」と提示された直後に、鏡の中に入っていくようなカメラワークは、それこそポータルの中へ(≒他バースの世界へ)入っていくような感じがします。そして入っていった先にも鏡が置かれていたり、9分割された防犯カメラの映像が流れていたり……選択した世界線の、そのまた先にも新たな分岐が存在すること、延いてはそういったマルチバースの概念をイメージしていた映像のようにも思えました。


 こうなってくると、他の丸や円の一つ一つまでもが気になって仕方がなくなってくる笑。たとえばコインランドリーにあるドラム式洗濯機の丸い蓋もそう。洗濯機の丸い蓋の中には、それぞれ別の人物・家庭の生活(≒様々な世界)があり、そして蓋が黒い為、こちら側(洗濯機の外)から向こう側(洗濯機の中≒他バース)の様子はわからない。しかもそんなドラム式洗濯機が何台も並んでいる……まるで他バースが無限に存在しているかのように……。こんな考えまで見越した上で、主人公らの自宅をコインランドリーという設定にしたんじゃないかとすら思わされます。



 ここまでに述べたことも含め、アクションなど、映像としての面白さは実際に観て頂くのが一番良いとして、本作にはちゃんとドラマとしての魅力も存在します。物語上、「何が大事か」みたいなことはそれとなく提示されてはいたものの、個人的に思うのは、あくまでも “本作の登場人物たちにとっての大事なことだった” ということ。家族の形は様々だし、それぞれで感じ方が異なるはず。それで良い。

本作を観て本当に大切なことだと思わされたのは、〈正しさ〉という強迫観念に雁字搦め(がんじがらめ)になってしまわないこと。劇中、主人公エヴリン(ミシェル・ヨー)の娘ジョイ(ステファニー・スー)が吐き捨てた「(あなたは)自分を理解できて素晴らしい」というセリフからは、「“私と違って” 素晴らしいよね」感があるというか、そう言うことによって逆に「自分はダメなんだ」と嘆いているようにすら窺えました。今、自分自身が生きている世界における〈正しさ〉のせいで、息苦しさを感じる人がいることを強く印象付けられる。

 だからこそ、本作のマルチバースという舞台が救いになっていたんじゃないかな。学校で苦しんでいる、会社での居心地が悪い、家族・家庭内で居場所が無い等々。挙げれば切りがないけど、人間はコミュニティの中で生きるものだから、時にはそんな辛さを感じてしまうことがあるかもしれない。でも、世界はそこだけじゃない、他にもあるのだと思わせてくれる。そんな気がします。



 色んな世界があるけれど、支えてくれる人、理解してくれる人、そばに居てくれる人はどんなところにだってきっと居るのではないか。我ながら、そんな歯の浮くようなことを言いたくなる。何より、人だけではなく場所や物など、分岐した “もしもの世界線” をも全部ひっくるめたような本作のタイトルには、”分断” を弾き飛ばすようなパワーがあるように思えます。これぞ多様性なんじゃないか。



 アカデミー賞®も獲ったし、まだまだ上映は続く(はず)の本作。IMAXだからこそ際立つ、スクリーンのスクリプト比の違いを用いた映像表現などもあるので、今のうちに観に行くのが得策かも……?


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