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しがない20代のはなし、7

おはこんばんちは、私です。

はい、「可愛い」は正義!!!!!!!!!!

ね、「可愛い」は正義ですよ、はい。この「可愛い」は、他者への可愛いではなく、他者からの「可愛い」です。何が言いたいかというと、私にとって、他者から「可愛い」と褒められることが嬉しいという話です。

少し私の話をします。

私は、169㎝という、女性の平均身長より高く、性格は自分では極度のマイペースだと自負しています。基本的には、衝突は避けながらも、自分の意見を持っていることが正しさであり、アイデンティティだと思っている。仲のいい友は基本的にはさばさばしている、話の中心にいつつ、聞き手にも回れると言ってくれている。(就活していた時に他己分析してもらったとき参照) 

友人に「かっこいいね」と言われるのが嬉しかったです。それは性的な意味ではなく、行動、言葉、立ち振る舞いに対して発せられるもののことで、私が受け取る「可愛い」は、何となく舐められているような気がしていました。

そんな私が、「可愛い」と言われることに喜びを感じた理由は何か。

ここ一年くらい、死ぬほど時間があって、私がやっていたことは、メイクの練習でした。単純に垢抜けたかったんです。自粛で外でないのに、めっちゃコスメ買ったなァ。笑

洋服も少し変えました。もともとファッションは好きだったけど、流行を追わなくなってからは、私が思っていたよりマンネリ化していたようです。何を着ても一緒。

ヘアスタイルも練習しました。これは私のセンスの問題ですが、細かいものは全く上達せず…笑それでも、コテで髪の毛を巻くのはかなり上達しました。

でもそれを見せる機会が、コロナの状況でほとんどなかったので、完全に自己満だったし、「いい感じ」になったかどうかなんて当社比でしかないわけです。笑 

見ての通り、これをやり始めたのは、私からすると特に「かっこいい」理由でもなんでもなかったです。ただ最近は自分にとってとても大事なことだと思っています。外から変えていくことで、凝り固まった私の思考と言動がほぐされていく感覚がありました。

確かに、自分で自分の洋服の好みがわかっていたので、むやみに流行を取り入れたりする必要はなかったかもしれません。でもそれと同時に、新しい情報を無意識のうちに入れていなかったのです。

わたしは、自分にとって新しい情報を入れようとしないことで、「知らない」で許される社会があって、一個人としてそれにはなりたくないと思っています。

きっかけは些細で、テレビに出ていた50代の男性タレントが、ここ2~3年で流行った曲を「知らない」「全く聞いたことがない」と言っていたのを見たことでした。本当に些細なことだし、そんなこと知らなくても困らず生きていけるのかもしれません。ただ、そういうことの積み重ねで、いつか何か大事なことを知らない人間になってしまいそうで怖くなったのです。

そんなこんなで、わかりやすく外見から流行や、やったことなかったものを取り入れることを「何かを知る」ことのフックにするようになりました。そうしてからは、新しい情報を取り入れる時に、自分への浸透率が良くなった気がしています。(気がするだけかよ笑) いやでも、冗談抜きにね。笑

話を戻します。

当社比で、変わった気になっていたものを、遊びに出かけた時に同性の友人に、

「メイク可愛い!洋服も可愛い!!え、髪型も可愛い、なんならネイルもアクセも今日全部かわいいどうしたの?!」

と言ってもらえた時に、私が自己満でやっていた自分改革が、他人から見て肯定されるものだったことが、本っっっ当にうれしくて。その友人には、外見に変化を加えた経緯は伝えなかったし、他者から認めてもらおうと思って作ったメイク、コーデじゃなかったけど、だからこそ嬉しさが倍増でした。

また、友人がかけてくれた言葉で、「かっこいい」ではなく、「可愛い」を素直にうれしいと感じれるようになった自分の変化が嬉しかった。いい変化だと思っていいですよね、思おう!うん!!笑

そんなわけで、今回は、私的可愛いは正義!についてお話ししました。これって、人によって言葉が変わると思うので、どの言葉をかけてくれたら他己肯定観獏上がりするかなというのを知っておくといいのかもしれませんね!

それでは、今回長くなりましたがこのへんで、#7。


今日知ったこと: スズメバチは意外にひっそり潜んでいることもある。



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