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彩りと心のしわあわせ【第1話】はじまりのとき


あらすじ
わたし(心和:ここな)は、初恋相手と思いがけない形で再会を果たした後も、気丈に過ごした。大学院を卒業し新たな一歩を進もうとしたその時、教授からとある手紙を受け取る。それから5年が経過してもなお、傷は癒やしきれずにいた。

不思議なお告げの夢を見た翌日、姉(彩芽:あやめ)から、とある依頼が入った。おばあちゃんの意思を引き継ぎたい姉は、どうしてもわたしの力が必要だと言うけれど…。

出逢う人の物語と、自分の過去、そして、かけがえのないおばあちゃんの意思がつなぐこの街で、「ありのままのわたし」を探しながら、新しい生き方(働き方)を見直し、ひとりの人として成長していく物語が、今ここから始まる。



「誰でも、輝きを持っているはずなんだ。その原石を、一人ひとりが見つけられていないだけ。まかせたよ。」

わたしがまだ小さい時から、おばあちゃんは、こう話していた。

もしかしたら、おばあちゃんと言葉を交わしたこの日から、この挑戦は、すでに始まっていたのかもしれない。





ある日、不思議な夢を見た。

あたたかい光が差し込む部屋に、わたしはいた。

目の前には、今よりもだいぶ若めだけど、一目でおばあちゃんだとわかる人がいる。

小さい子を諭すように、こう話しかけられた。

「おばあちゃんはね、この場所で、みんなを元気にする仕事をしているんだ。
それぞれに似合うステキなカラーを持ってるし、一人ひとり輝く原石をもっている。その彩りを輝かせるのと、みんなの心を豊かにしたいんだよ。」

重ね合うおばあちゃんの手はとってもあたたかくて、その部屋の空気もとても穏やかで、いつまでもそこにいたいと願うほどだった。



遠くで、サイレンのような音が鳴り始めた。

次第に音が近づいてくる。


けたたましい音が耳の近くで鳴っているのに気付き、目を覚ました。

鳴っていたのは、現実世界のわたしに、起床時間を知らせるアラームだった。
確認すると、何度目かのアラーム音だったことがわかる。



「急いで準備しなきゃ!」


恩師である谷口教授との約束の時間には、なんとか間に合いそうだ。

「今日も、間に合うように起こしてくれて、ありがと。」

四つ葉のクローバーのしおりは、何にも代え難い困った時のお守りだ。


今日は、はるくんの22回目の命日である。


この日は、谷口教授と墓参りに行くことにしていて、今年も、例外なく休暇を取っていた。




大切な思い出、戻すことのできない幼い時期の日常を想起してから早10年。


わたしの初恋の人はるくんは、あたたかさと優しさを振りまいて、幼いうちに一生を終えてしまった。

生まれたときから病気で、長く生きられないということは、わかっていたらしい。

そんなことは知らずに会っていたし、親も知っていたかわからない。

5歳頃まで、一緒に公園で遊んでいた。
四つ葉のクローバー探しをすることが、ふたりにとって定番だった。
習い事を始めた頃から、公園で遊ぶ機会はなくなった。

タイミングは、狙ったのかたまたまか。
記録を見返すと、ちょうどこの頃、はるくんは教授が関わっていたクライエントだったようだ。

再会したのは、それから干支が一周した20歳のこと。

カウンセラーを目指して、大学に入学し、ゼミ室で教授の研究資料を見ていた時だった。

見覚えのある雰囲気の子。

7歳の頃まで関わっていた記録はある。
その後、別の病院に転院して亡くなった。8歳だったらしい。

頭の中も、目の前の視界も、真っ白になった。


はるくんを思い出してから、結局黙っていることができなかった。翌日、教授に、ことのすべてを打ち明けた。

その時の谷口教授は、特に驚くような反応をするわけではなく、でもわたしの気持ちを受け止めてくれた。

教授の様子を見て、わたしも、揺さぶられすぎないように、至って冷静に過ごそうと心がけていた。

わたしが生きる道を模索し続けた。

見つかったようで、見つからない。
それでも、時間は過ぎていくばかりだった。


大学院の修士課程を終え、就職先が決まった後、教授から呼び出され、1つの封筒を渡された。

教授から促されて開けてみると、さらに2つの封筒が入っていた。

それぞれ開封してみると、1つは子どもの文字で、もう1つは、大人の文字。

文字が見えたその瞬間、これが何を意味しているかを察した。

「先生。これって…」

教授は、深くうなずき、わたしの目を見て、こう話した。

『あなたの想像通り。これは、はるくんと親御さんの残した手紙だよ。あなたが打ち明けてくれたあの日は言えなかったけれど、はるくんも、ご両親も、ずっと女の子を探していた。ご両親から、「はるきは、ずっと渡したがっていた。先生に預かっていてほしい」と頼まれて。本当は預かることはできないのだけれど、熱意に負けてね。ずっと金庫に入れていた。こんなに心のこもったもの、捨てるなんてできなかったから。私も中に何が書かれているか分からないんだ。確認してくれないかな?きっと、この手紙は、あなた宛のものだから。』

この手紙を開封したら、現実として、より揺るぎないものになる。
涙が出そうになりながらも、勇気を出して、開封した。

はるくんは、もしかすると、最後の力を振り絞って書いてくれたのかもしれない。
文字は相当震えていたが、何と書いてあるかは読み取れた。

「ここちゃん 元気でね。」


自分が苦しいのに、どこまでやさしくてあたたかい子だったんだろう。

そして、お母さんが書いたと思われる手紙には、息子の生きる希望になってくれてありがとう、という謝意と、命日だという日付が記されていた。
「毎年命日の10時にはお墓参りに行っているから、もし叶うのならば、来てほしい。」
とも書かれていた。

わたしは、教授に手紙を見せた。

『あなたは、よくよくわかっていると思うけれど、本来私は、こういうのを渡すタイプでもない。仕事とプライベートは分けるタイプだから、情で動かないようにもしている。今日渡すまでに、とても悩んだ。あの日渡すこともできたけれど、今じゃないと思った。私は、あなたの未来を守りたいと思った。渡さないという選択肢も、もちろんあったけれど、この手紙の書かれている内容の判断をわたしがするのではなく、あなたに委ねてみようと思った。あなただから、こう判断した。でも、この手紙を渡した責任は、私にある。もし、行くという判断をするのであれば、私も一緒に行く。』


しばし悩んだ。

「先生、行きます。」

谷口教授とは、そこからずっと、毎年墓参りに行っている。




―5月25日。

わたしが、幼い頃の自分に思いを馳せ、今一度生きるということに意味を見出す日。

24歳の頃から欠かさずに行っていて、今回で6回目になる。


教授と一緒に歩く道のりにも、慣れてきた。

毎回、ご両親が出迎えてくれる。

教授とともに、はるくんが眠っているお墓に手を合わせ、心のなかで話しかける。
その内容は、誰にも打ち明けていない。2人だけのものにしたい気分だった。


「今年も、ありがとうございました。はるきもとっても喜んでいると思います。」


「いえ。こちらこそ、今年も拝ませていただいて、ありがとうございました。それでは、失礼いたします。」


ご両親と別れた後、教授と必ず寄るのが、隣町にある昔ながらの喫茶店。
ここで、ナポリタンとコーヒーをいただいてから帰るのが、ここ数年の定番となっている。


「最近、仕事はどう?」
と、食後のコーヒーを飲みながら、教授が尋ねてきた。

「いろいろありますが、一番困っていることは、自分が自分に迷っていることですかね…。」

「そうか。あの場所には、いろんな方がいらっしゃるだろうから、自分との向き合いも大切になるよね…。自分のケアも忘れないようにしなさいよ。」


「はい、ありがとうございます。」



自分へのケア、か。

そうだよなあ…。

たぶん、教授には、見透かされているのだろうが、あえて濁してくれたのだろう。


自分の優先度が低い分、いろいろとやれることも多くあるのだが、それが仇となっている気がしていた。
昔からなのかもしれないが、自分のケアの仕方がわからない。


教授と別れ、本屋に立ち寄った。色味が好みな本を手に取り、購入した。

こういう時は、直感が、自分の求める方へ導いてくれると信じている。


帰宅後、飲み物を準備して、すぐにソファに座り込み、買ってきた本を読み始めた。

そこには、いかに自分を大切にするか、ということが書かれていた。

知識として知っていること、わかっていることと、実際にできるかということは、大きく異なる。

ただ、この本に惹かれ、手に取り、購入してきたこの事実が意味していることは。

「自分をケアできてないよ、って、心の奥ではちゃんとわかっているんだなあ…」


落ち込みながらも、夕食の準備を始める。

近所の直売所で買ってきた新鮮な野菜を蒸して、お気に入りのドレッシングをかけて食べることにした。


第2話へつづく

第2話以降は、公開次第、
こちらにリンクを貼っていきます。

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