【童話訳】 魔法の丘 (1925)
『くまのプーさん』の原作者A. A. ミルンによる幻想世界。オランダの挿絵画家ヘンリエッテ・ル・メールによる表紙つき。
むかし、あるところに王さまがいました。王さまは女王さまとの間に子供を7人もうけましたが、そのうち上から6人はみんな男の子でした。
「王家は三人息子がよい」という言い伝えがあるものですから、3人めも男の子だったときは嬉しかったものです。しかし、四男、五男、六男とつづいては、だんだん不安にもなってしまいます。
「ひとりくらい娘がいればな……」
あるときぽつりとこぼしたら、女王さまが答えました。
「次は女の子が産まれるでしょう」
はたして7人めは女の子でした。喜んだ王さまは、その子に「ダフォディル」と名づけました。
ひと月が経ったころ、待ちに待った王女の誕生を祝うため、盛大なパーティが催されました。そこには妖精マムルフィンも招待されていました。
「マムルフィンはよい妖精だから、この子にすばらしいものを与えてくれるはずだ。美とか、知恵とか、富とか──」
「良き心があれば、それでじゅうぶんですよ」
「そうそう、良き心だな。今それを言おうとしたのだよ」
王さまと女王さまが話していると、妖精マムルフィンが近づいてきました。ゆりかごで寝息をたてている赤ちゃんをじいっと見下ろして、
「あなたがダフォディルね」
そうつぶやいたら、手にしていた杖をさっと振って、
そう唱えました。
「……どういう意味なのだろう?」
王さまは首をひねって、女王さまに耳打ちしました。
「この子の行くところどこにでも花が咲く、ということでしょう」
うっとり答える女王さまのそばで、王さまは拍子抜けです。
「それだけかい? 美とか、知恵とか、──」
「なくてもいいじゃありませんか」
「あ、そう……」
とにかくお礼をしようと気を取り直しましたが、妖精の姿はもう見当たりませんでした。
それから1年ほど経った、ある日のことです。宮廷の中庭が、足の踏み場もないくらい、突然おびただしい数の花々に覆われてしまいました。
「これは一体どういうことだ!」
王さまは驚いて、すぐにお抱えの庭師を呼びつけました。中庭は王さまがいつも散歩をする、お気に入りの場所なのです。
「それが、わたくしめにもさっぱりでして……」
「では、だれのしわざだというのだ。ここへの立ち入りを許しているのは、おまえ以外にいないのに」
「はい、しかし陛下、おそれながら王女さまが、──」
庭師はこわごわ打ち明けました。ひとりで歩けるようになったダフォディルが、こっそり遊んでいたのです。
「そうか。もうよいぞ、すまなかった」
王さまはハッとして、すぐに庭師を放免しました。ようやく妖精マムルフィンのことを思い出したのでした。
その夜、王さまと女王さまは相談しました。
「あの子には、花壇を歩かせることにしよう。そうでもしないと花だらけになってしまって、おちおち歩けもしないからね」
「仕方ありませんね」
そうしてダフォディルは、花壇ばかりを歩くようになったのでした。
兄たちはうらやみました。花壇に踏み入ってはいけないと言われているのに、どうして妹だけ、というわけです。6人そろって、一度でもお花畑を好きに歩けたらどんなに楽しいだろう、と思いました。かたや一人娘のほうは、あちこち気にせず歩けたらどんなに楽しいだろう、と思っていました。
ダフォディルが5才になったとき、医師が診察にやってきました。その舌を診るやいなや女王さまに告げます。
「王女さまは、もっと体を動かさねばなりません。他の子供と同じように、走ったり、登ったり、飛んだり、跳ねたりする必要がございます」
「この子は他の子と同じようにはいかないの」
女王さまはため息まじりにつぶやいて、窓に目をやりました。中庭の花壇には色とりどりがそよいでいます。はるか向こうには、草ばかり生えて荒れた小高い丘があります。
「そうね、他の子たちと同じように──!」
ひらめいた女王さまは、王さまのもとへ走りました。話を聞いた王さまは、ただちにそこをダフォディルの遊び場にと決めました。
みるみる彩が咲きこぼれて、小さな丘は一変しました。摘んでも手折ってもまた花が開くので「魔法の丘」と呼ばれ、近くに住む子たちも集まるようになりました。
魔法の丘は、いつまでも美しい花々と笑顔にあふれていました。
おしまい
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?