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凡庸な、あまりに凡庸な


 幼時ピアノを習っていた。思春期にはドラムスを叩きギターを弾いた。やがて「音楽ムジカ」という概念そのものに没頭し始め演奏からは遠ざかる。それが三十路も半ばを過ぎたころ、あるピアノソナタと知り合った。

 どうしても弾いてみたい。第一楽章だけでいい。しかしワンルームに88鍵は大きな買い物だ。悩みに悩んだ末ギターを二束三文で売り飛ばし、本棚二架を蔵書ごと処分して、まあまあ質のよい電子ピアノを据え置いた。

 提示部の右手「ド♯ レド♯ ミ ミ」を爪弾いてみるだけでふつふつ込み上げてくるものがある。およそ四半世紀ぶりでも読譜は朝飯前で、右も左もこまごましい終盤の第六変奏のためハノン運指練習も同時におさらいし始めた。

「五十肩でしょうね」
「えっ」
「関節炎です。四十肩とも言いますが、三十代で発症する方も多いですよ」

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