【童話訳】 青ひげ (1697)
フランスの名童話作家シャルル・ペローによる、グリム童話からも削除された恐怖のおとぎ話、挿絵いっぱい教訓詩つき。
あるところに、王さまのような財産持ちの男の人がいました。大きな邸宅をいくつも所有しては何不自由なく暮らしていましたが、ひげが青いせいで「青ひげ」と呼ばれ怖がられ、ずっと独身でした。
青ひげのご近所さんに、りっぱな婦人がいました。婦人には美しい娘が二人いたので、青ひげはどちらかと結婚させてほしいと申し込みました。もちろん姉妹は譲り合います。
「あたし、むりです。青いひげの男なんて我慢できません」
「あたしだって嫌です。ねえさんに行かせてください」
青ひげは、それまで何人もの女性をめとっていました。でもその一人として、嫁いでからの消息がわかりません。その後の姿を見た者さえだれもおらず、そのことが二人をなおさら嫌がらせるのでした。
なんとか気を惹きたい青ひげは、姉妹と婦人を、その友人たちも合わせて田舎の邸宅に招待しました。毎日が歌って食べて踊ってのどんちゃん騒ぎ、狩りに釣りに乗馬にと、盛大で豪華なパーティ尽くしです。
「なんて素敵なの! こんな毎日が過ごせるんだったら、ひげが青くたって気にしないわ! よく見ればそんなに青くもないし!」
心変わりしたのは妹です。パーティが終わったその足で式を挙げて、めでたく青ひげ夫人となったのでした。
†
結婚して一ト月が経ったころ、青ひげは言いました。
「これから6週間ほど出張だ、大事な仕事でね。退屈だろうから友人を呼ぶといい」
鍵束を夫人に手渡しながら言付けます。
「これがあれば、この屋敷のすべての鍵を開けられる。これは衣裳部屋の鍵だ、金銀細工をあしらった家具もあるぞ。こっちの鍵は、世にも珍しい宝石や装飾品の詰まっている箱のものだ。すべて預けるから、好きなときに好きなところを開けるといい」
ひとつひとつ鍵の説明を聞きながら、夫人はわくわくしていました。最後のひとつになると、青ひげは声をひそめて、
「これは地下の突き当たりにある小部屋のものだ。これだけは使ってはいけない。いいな。もし使ったら怒りを招くものと思ってくれ。約束だぞ」
「わかりました。約束します」
夫人がうなずくと、青ひげは上等な馬車に乗りこみ出立しました。
†
招待する前から、友だちが次々と押しかけてきました。みな青ひげを怖がっていますが留守となれば話は別です。億千万あると言われる金品の数々を見てみたかったのです。
「素敵なドレスね! これも、これも!」
「ベッドだって、なんて柔らかいんでしょう」
「まあ! ソファにも金箔が!」
「テーブルも食器も、まるで夢みたいに美しいわ」
「こんな大きな姿見が、この世にあるのね!」
邸宅をすみずみまで見てまわり、だれもが夫人をうらやみました。
どんな賛辞にもやっかみにも、夫人は上の空でした。地下の突き当たりにある小部屋のことが気になって仕方ないのです。考えれば考えるほど好奇心が抑えられません。
やがて友だちを放っておいて、ひとり階段を駆け下りて地下へ向かいます。あまりに気が急いて、何度も転んでしまいそうになりました。
この鍵だけは使わない約束です。それを破ってしまったら、どうなることでしょう。青ひげを怒らせるなんて、想像するだけで身ぶるいがします。
「いったい、なにがあるのかしら──?」
でも好奇心には勝てません。夫人は少し立ちどまりましたが、震える手で鍵を差し込んで、小部屋の扉を開けました。
なにも見えません。地下ですから、窓も明かりもないのです。
だんだん目が慣れてきて、夫人は息をのみました。
床の一面が血の海です。四方の壁に、何人もの女の人が吊るされています。かつて青ひげと結婚して、行方がわからなくなっていた人たちです。
ガラン、と鍵を落としてしまいました。その音に驚いた夫人は、すぐに鍵を拾って小部屋を飛び出します。鍵をかけて、自室へと一目散です。
ベッドに腰掛けて、なんとか落ち着こうとします。が、いましがたの光景が目に焼きついて離れません。ガクガクと膝が笑っています。
そこで気がつきました。鍵が血まみれなのです。落としたときについてしまったのでしょう。
二度、三度、袖でこすりますが消えません。水で流してみても、やすりをかけてみても、べっとり血のりがついたままです。
「ああ、どうしたらいいの──」
どれだけ必死にぬぐっても、赤黒いしみは消えませんでした。
†
その夜、思いがけず青ひげが帰ってきました。道中、仕事はもう済んだという報せを受け取って引き返してきたのです。
「おかえりなさい! 早かったのね!」
夫人はなんとか気を取り直し、喜んでいるふりをしました。
「さあ、鍵を返してもらおうか」
しかし翌朝、青ひげに頼まれてはもうダメです。鍵束を渡す手はブルブルして、顔は蒼白の一色です。
「どうしてあの小部屋の鍵だけないのだ?」
「あら、部屋のテーブルに置いてきてしまったんだわ、たぶん──」
「それは困る、すぐに持ってきなさい」
様子がおかしいのは青ひげの目にも明らかで、厳しく言いつけます。
「ほう、どうして血がついているのかな」
受け取った鍵を丹念に眺めまわしてたずねます。
「わかりません」
「わたしにはよくわかるぞ、おまえがこの鍵を使ったことがな」
夫人はもう死人のように真っ青でした。
「そんなにあの部屋に入りたいのなら、いま一度、入るがいい。おまえの居場所も作ってやろう、わが夫人たちの間に──」
「おゆるしください!」
青ひげの足もとにひれ伏す夫人です。
「だめだ、おまえには死んでもらう。すぐにだ」
どれだけ泣いても謝っても、岩より固く冷酷な心は動じません。
「それでは、どうか、神さまにお祈りする時間をください」
「仕方ない、10分だけやろう。それ以上は1秒たりともやらんぞ」
涙ながらに頼みこむと、青ひげはそう答えて出て行きました。
†
残された夫人は、すぐに姉を呼びつけました。友だちと遊びに来ていて、まだ邸宅に残っていたのです。
「おねがい、すぐに屋上へ出て、兄さんたちが来ていないか見てきてちょうだい。そろそろ到着するころなの。もし見つけたら、急いでって、早く来てって、なんとか伝えて、ね」
なにがなにやらわからないまま、姉は言われたとおり屋上へ登ります。
「ねえさん! どう?」
「なにも見えないわ、砂の金いろと森の緑いろだけよ」
下の窓から身を乗り出してたずねる妹へ、上からのんきに答える姉です。
「そろそろ下りてこい! わたしが上がってゆこうか!」
青ひげが、地下から叫びます。
「あと1分だけ、どうか!」
夫人も大声で返すや、一転して声を沈めます。
「まだなにも?」
「なにもないわよ、金いろと緑いろだけ」
「早く下りてこい! こちらから上がってゆくぞ!」
青ひげが、ふたたび叫んでいます。
「ただいま参りますわ! ──ねえさん!」
「あら、なにか白い塊が、こっちへ向かってくるわね」
「兄さんたち?」
「ちがうわ、羊たちよ」
姉妹のやりとりに、ものすごい声がかぶさります。
「まだか!」
「あと1分、どうか! ──ねえさん、どう?」
「ふたり、馬に乗って、こっちへ向かってくるわね。でもずっと遠くよ、まだまだむこう──、あっ、兄さんたちよ! 急がせるのね? おーい! これでいいのね? おーい! 早くきてえ!」
「早く来い!」
姉の声をかき消して、まるで地が裂けたような怒鳴り声が響きました。青ひげが、しびれを切らしたのです。あきらめた夫人は、しおしおと階段を下りてゆきました。
「おねがいです、どうか、おゆるしください」
待ち受けていた青ひげのそばに身を投げだして、涙まじりに懇願します。
「だめだ。死んでもらう」
冷たく言い放って夫人の長い髪をひっぱり、その細い首へ湾曲刀を当てがう青ひげです。
そのときでした。
「門を開けろ!」
姉妹の兄たちが到着したのです。馬上のふたりは百戦錬磨の竜騎兵、すでに抜刀しています。そのまま邸宅へ飛び込んで、
「青ひげよ! 出てこい!」
青ひげは逃げ出しました。しかしただちに追いつめられ、ベランダから飛び降りようとしたところを串刺しにされ、息絶えたのでした。
未亡人となった夫人は、子のいなかった青ひげの財産をすべて継ぐことになりました。その一部を姉と兄たちへ分け与えから、身持ちのよい紳士と再婚して幸せに暮らしました。
おしまい
○ヨーロッパに伝わる民話のひとつで、ペローが初めて「作品」にした。
○残酷描写のせいでグリム童話(最終版)からは削除された。
○『〜してはならないという禁止を破る』という筋書きは、日本も含めて世界各国の神話・民話に広く認められる → 見るなのタブー
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