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愛を本物にした痛みは何処に。ケン・リュウの短篇「愛のアルゴリズム」をご紹介

 
 痛みはどこ? 愛を本物にした痛みは? 理解の痛みは?
 
ケン・リュウ 著/古沢嘉通 訳・編『ケン・リュウ短編傑作集① 紙の動物園』「愛のアルゴリズム」(早川書房)p182-183より


 ごきげんよう、いかがお過ごしですか? 私は最近ハマっている、現代中華SFの短篇集をいくつか読んでおりました。

 冒頭で引用した言葉も、今日読んだ小説の中に出てきた言葉です。
 名言の多いケン・リュウの作品ですが、今回読んだ作品の中では、この引用部分がいちばん心に刺さりました。

 というわけで、本日はおすすめ中華SFの作品を1篇ご紹介いたします!

ケン・リュウ「愛のアルゴリズム」

 今回紹介させていただく作品は、ケン・リュウの短篇作品「愛のアルゴリズム」です。
 訳・編者は古沢嘉通。早川書房から出版されている『ケン・リュウ短篇傑作集① 紙の動物園』に収録されています。

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 収録されている珠玉の7篇は、いずれもうつくしい愁いを帯びた作品です。そこはかとなく切なくて、静謐なものがたりたち。
 あるいはSFというよりも、幻想文学と呼ぶほうがより相応しいのかもしれません。

 どのお話も、それはそれは素晴らしい物語なのですが、今の私に深く刺さった作品は「愛のアルゴリズム」だったため、その感動をお伝えすべく、筆を執った次第です。

作者・ケン・リュウとは

 まずは、作者のケン・リュウ氏の簡単な紹介をいたします。

 彼は中国で生まれ、11歳の時から現在までアメリカに在住している作家です。弁護士やプログラマを経験しつつ、中国語書籍の翻訳者として働きながら、創作活動をなさっています。

 この、《中国系アメリカ人》というのがポイントなのだと思います。
 彼の作品には、東洋のしきたりや伝統、考え方をベースに創られたものが多く存在します。そして、それがとてもしっとりとした叙情を生み出して、彼の作品にとって欠かすことのできない、深いスパイスとなっているのです。

 日本では「紙の動物園」や「もののあわれ」などの短篇SFが有名ですが、「蒲公英王朝記」(原題「The Grace oh Kings」)などの長編作品も執筆しています。

「愛のアルゴリズム」

 これは、「人間が機械を機械として判別できるか?」というチューリング・テストを下敷きにした、機械人形をめぐる物語です。

 人間と見分けのつかない高度なAIを搭載した児童型ロボットのお話は、プログラマでもある作者にとって、うってつけの題材だと思います。
 AIが、生きてきている人間と全く同じ人格を持てたとして、果たしてそれは、愛する誰かの代わりとなることが、可能でしょうか。

 プログラマなら、誰でも一度は考えたことがあるだろうこの問いに、著者は真っ向から向き合って、ひとつの答えを提示してくれたように感じます。

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 わたくしも、1ミクロンたりとも興味が無かったにせよ、仕事でSEの真似事をしていたので、会社でこのような話をよく耳にしたことがありました。そのことについて意見を聞かれ、必死にそれらしい考えを述べたこともございます。

 なので、実はほんの少しだけ、読むのが苦しい作品でもありました。大嫌いな会社のことを思い出してしまうから。(初めてこの作品を読んだのは、精神を病んで入院しているときだった。主治医の先生が、暇を持て余した私に貸してくださったのである)

 でも、それでも続きを読みたいと思わせてくれたのは、著者と編者にものすごい力量があったからでしょう。
 彼の紡ぐ言葉の数々が、どれもおそろしいほど切なくて、心がふるえて。

 たとえばこの言葉。

 思考は幻想だ。
 
ケン・リュウ 著/古沢嘉通 訳・編『ケン・リュウ短編傑作集① 紙の動物園』「愛のアルゴリズム」(早川書房)p188より

 思考。
 すべてあらかじめプログラミングされた「思考」は、本当に思考と呼べるのでしょうか。ルールブックに則っただけの、意識のない会話は本当に会話と呼べるのでしょうか。そもそも人間に、意識は存在するのでしょうか。
 自分が自由にオリジナルで考えていると思っていることも、既に誰かが考えたことをなぞったコピーなのではないのでしょうか。

 またたとえば、相手の機嫌を損ねないように放つ言葉は、意思が籠った言葉とは言えないでしょう。意思の無い言葉は、すなわちルールブックに載った文字列に過ぎないのではないでしょうか。まるでかの有名な、「中国語の部屋」の実験や、哲学的ゾンビのよう……。

 そんなことを考えて、考えて、思考が止まらなくなるときがあって、怖くなります。それすら幻想なのかもしれないけれど。

お気に入りのシーン2選

 さて、それでは最後に、とくに好きな場面を2つ、引用してご紹介いたします。

(前略)バスルームでようやくひとりきりになり、両手を押し合わせ、脈を感じる。跪く。わたしは祈っているのか? 骨と身、そして優れたプログラミング。
 
ケン・リュウ 著/古沢嘉通 訳・編『ケン・リュウ短編傑作集① 紙の動物園』「愛のアルゴリズム」(早川書房)p191より


 痛みにはアルゴリズムがない。(中略)アルゴリズムの中のバグ。
 (中略)
 わたしは幸せだ。いま感じている痛みはリアルだ。

ケン・リュウ 著/古沢嘉通 訳・編『ケン・リュウ短編傑作集① 紙の動物園』「愛のアルゴリズム」(早川書房)p192より

おわりに

 「愛のアルゴリズム」は、日常で考えるには重厚すぎる、哲学的な問いを切実に読者へと訴えかける作品です。
 短篇集に収録された作品はどれも素晴らしい作品ですので、気になったお方はぜひご一読を!

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