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♯13 『学校の授業は役に立たない』のウソホント

いきなりですが、20代以上の皆さんは小学生の頃の授業内容をどれくらい覚えているでしょうか。

わからない

国語・算数・理科・社会・図工・体育・道徳、まだまだあったかもしれませんが、改めて思い返してみれば様々な科目がありました。

さて、この一科目ずつ、どのくらいの割合で覚えているでしょう?

小学生の内容くらいはまだ余裕かもしれません。では中学生、高校生の頃の内容は???

「学校の授業なんて役に立たない」「学校なんて行くだけムダ」

そんな台詞を聞いたことがあります。

失礼を承知ですが、先の質問で自信満々で全て覚えている方は少ないかと思います。

そして、その状態で『役に立つかどうか』『ムダかどうか』正確なジャッジができるのでしょうか?

しかし、覚えていないにも関わらず我々は今日も生きています。ただ『生きる』ことのみにフォーカスしたら必要ないことも多いのかもしれません。

それでも僕らは国語で学んだ言葉をアレンジしながら言語を使って、算数で学んだ数を利用して計算をし、理科で学んだ火の扱いを料理などに活かし、社会で学んだ世の中の流れに沿って過ごしています。

ただ『生きる』より、言葉が話せて、計算が出来て、料理が出来て、世に出ることができる『当たり前』を体感しながら生きることのほうが充実感はあるように感じませんか?(何かが欠けていると充実しないのか?という話ではありません、ご理解ください)

そして、それらはあまりにも自分の生活に密接していた故に『当たり前』として捉えていたと思うのですが、ではその先の充実感や満足感を得るために必要になってくるモノが、もうご理解していただけると思いますが、活かすことができず忘れられてしまった過去の勉強内容です。

勉強

随分と遠回りしてしまいましたが、結局のところ学んだことを活かせるようにできなかった言い訳にすぎないんです。ムダとかどうとか。

因数分解なんてそれ本体はそりゃ使いませんが、やっぱり一つ一つの問題を紐解く上で方法はリンクするし、スペイン・フランス・ドイツなどの国の場所はわからなくても普段困らないけど、コロナのような国際問題が起きた時に位置関係から情勢やら問題が理解だったり想像だったりできるんです。保険体育で学んだ体のつくりは医者任せでいいのかもしれないけど、知ってればダイエットや健康に活かせます。

ムダかどうかじゃないんですね。

活かすかどうか、活かせる能力があるかどうか。です。

どんなことからも学ぶ気概がないと、そりゃ確かにムダになってしまうのかもしれませんが、そのムダかどうかを決めてしまってるのが自分であって、そのものがムダかどうかの理由にはなりません。

ごめんなさい、少し哲学的かもしれません。

哲学

実は僕は学生の頃のテストは一桁の常連で、学年順位は(下からの)四天王扱いでした。

今でも日本以外の場所はそんなよくわからないし、歴史も順番がわからないし、何と何を混ぜたらどういった化学反応があるのかわからないし、知らないことだらけなんです。

生き方・生活・考え方、自分に関するあらゆるモノを良く(善く)したいと思ったときに、初めて理解しました。

知らなくてもいいことなんてないと。その知識は結局自分を助けるし、その知識を活かして前に進むことができると。

こんな考え方があることも知ってもらえたら、いつか何かのお役に立てるかもしれません。

では、また。




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