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フォークロア的実験小説。

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フォークロア的実験小説。

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0045

樹々共は高さを競い葉の大きさを争って森を創った。そして勝鬨のように鮮烈な花弁を開き豊かな果実を下げた。 それを目当てに虫共や鳥共が飛び現われ、獣共が寄って来た。それらは喰い排泄し生まれ死んだ。 様々を循環、凝縮、拡散させていく森はさながら荒野を侵食していく一つの生き物だった。 彼は一度も振り返らず土を抉り続けた。乾いた土と空気で満たされた荒野が、彼が見て触れる世界の全てだった。 しかし彼の背後には、彼の世界をしがみ噛み砕き吐き捨てて生の湿り気を撒き散らす生き物共の蠢きが在った

    • 0044

      彼はそれに一瞥呉れただけで、また前を向いて土を抉り種を埋めることを続けた。遠くまで来ても眼の前の景色は変わらなかった。浅い青か灰色の空と腐って乾いたような黄色い大地。石で剥くと肉のように赤黒い層が現われることもあった。ゆっくり掌を押し当てると、微かに湿った温もりが在った。 彼が顧みぬ間に、陽と雨が草木を繁らせていった。そこに小虫が湧き、それを喰う虫が飛んで来、それを狙う鳥も舞い降りた。 飛来した虫や鳥共はこの荒野には無かった種を運んで来た。背の高い樹木に育つものもあり、虫や鳥

      • 0043

        彼が気づいた時、眼の前に広がっていたのは果てない荒野だった。時折吹く風に何かが舞っているのが見えたが、それが何なのかわからない。 両の掌を見ると左手に薬指と小指が無い。最近無くした生々しさはなく、ずっと昔に無くしたのか、もとから無いかだったが、それも彼にはわからないのだった。 足許を見ると、片掌で何とか握れるぐらいの尖った石が在った。言い換えればそれしか無かった。彼はその石で地面を抉って回った。 するうち、風に舞っていた何かが彼の頬に当たった。掴んで見ると何かの種のようだった

        • 0042

          イベルタは呆けたように辺りを見回した。 「ここは」と呟いて、自分がもう死んでいることを思い出して少し笑った。「そうよね、死んだんだからずっと家にい続けるわけないものね」 父親も母親も何も言葉を発しないが、両の手首への圧力が次第に強まった。 「そう、死者は死者に相応しい場所へ」 道化師は薄ら笑いを浮かべていたが、そこには幾分の憐れみが紛れているように彼女には見えた。 「まぁ、あんたはよくやったよ」白塗りが自然にぼろぼろと崩れ落ちた。額の左から右頬まで黝い大きな痣で覆われていた。

          0041

          「あんたが見てたのはこいつらだろ。愛する娘を見守ってたんだな」 「そうなの」 やはり何も応えない。死者同士でも言葉が通じるわけでもないのかも知れなかった。 「半死半生というやつさ。この部屋にいたの生きてる連中じゃなく、死人が二人だった。それをあんたが息絶え々々で見てたんだ」 そう言われればイベルタもそんな気がしてきた。ずっと見守ってくれるとしたら両親かハラバナルぐらいしか思いつかなかった。そして彼がここにいたはずは無いのだった。 「俺がここに来たのもこいつらに頼まれたからだっ

          0040

          道化師は大きく垂れた鼻を掻いた。「で、一人と一本は末長く幸せに暮らしましたとさ」 「そうだったのかしら」イベルタは自分の体を抱くようにして両腕を擦った。「あたし、どうやって死んだのんだろう」 「わかんないのか」 「死んだらこんなもんなのかしら」 「死ぬ前の記憶は無いのかい」 「死ぬ前の記憶」そう呟いてイベルタは眼を瞑り、瞼の裏を探った。 少しの間か長い時間だったのか、彼女は黙していた。道化師も茶化さず黙って待っていた。生者なら一つの人生が巡るほどだったか、死者にそうした感覚は

          0039

          イベルタは彼女に確かに遺されたものが有ることに気づいた。ハラバナルの右腕だった。 それに気づいた彼女は、アスタスにいた青年のハラバナルを始末したのを最後に彼を探し回るのは止した。アスタスのハラバナルは縄で縛り身動きできないよう四肢の腱を切って木箱に押し込み、沼に沈めた。 そうすることでもうハラバナルが殖えないという保証はどこにも無かったが、そうせずにおれなかった。 それからイベルタは彼の遺した右腕を一層大切にするようになった。毛布を幾重にも敷いた籠に入れ、陽の好い時には抱えて

          0038

          動かない老人を見下ろしながら、もっと尋ねるべきことが有ったと後悔した。 ハラバナルに会ったことの有るハラバナルがいて、イベルタが幾人ものハラバナルを殺していることを知っているハラバナルがいる。 確たる決心も覚悟も無く探し殺めて来た彼女は、この状況を正確に理解できずにいた。 自分が探しているハラバナルが果たして存在しているのかいないのかも、もはやわからないことだった。あんなに簡単に腕が外れるのだからまた簡単に生えてくることだってあり得るだろう。 いやそれよりも、とイベルタは想っ

          0037

          「なんとまぁ、すげぇじゃねぇか」道化師は近くに在った椅子にどっかと腰掛けて拍手した。「ただの陽気屋だって聞いてたからさ」 「聞いてた、誰から」 「あんたのお父様とお母様だよ」 「知ってるの、父さんと母さんを」 「知ってるも何も、その二人に頼まれて来たのさ」 イベルタはかつて尋ねたことが有った。トルタスにいた老人のハラバナルを水に沈めた時だ。 「三十歳ぐらいの右腕の無いあんたを知らない」 「知らんね」彼の嘲りに、頭部を水没させる手に力が入る。 「あたしはあんた達を何人も殺してき

          0036

          彼女は二人目のハラバナルにニパクアの実を呑ませた。そして一人目の彼を殺してから初めて山の洞穴に立ち入ったが、死体は無かった。 それから暇を見ては一人目を探し歩いた。方々の町で面白いようにハラバナルがいた。だが右腕が着いているか、或いは体のどこか他の部分が無いかどちらかだった。 その誰に尋ねても、自分はハラバナルだと答えた。不思議と年老いたハラバナルやまだ幼さの残るハラバナルもいたが、不思議と彼女にはそれがハラバナルだとすぐにわかるのだった。 「あんたの右腕を預かってんだよ」

          0035

          「一度目は山で。女とやってる後ろから頭を岩で殴ったの」 「それで」 「まだ息が有って、でも怒らずに、『悪かった』って」 「ほう」 「これをやるって」 「何を」 「腕よ。右腕をくれたの、『きっとお前に必要になるから』って」 「ぶった切ったのか」 「彼が外したのよ、手品みたいに」 イベルタはその右腕を持ち帰った。時折大きく痙攣したが、優しい言葉をかけてくれるでも、熱い眼差しを呉れるでもなかった。だか、彼の温かさはそこに息づいてた。 「それを小さな籠に寝かせたの」 右腕は、嬉しそう

          0034

          ベッドで蠢くそれ。それも彼との。「わからない」 「わからない」 「ええ」 「それはつまり」道化師は舌舐りした。彼女の見間違いか、鮮やかな黄緑色の舌だった。「ガキがいたのかどうかがわからないのかい」 彼女は何か言い返そうとしたが、それが何だったのか自分でも忘れてしまった。 「ベッドに何が寝てた」 「わからない」 「動いてたのか」 「わからない」 「声はあげてたか」 「わからない」 「男をどうやって殺した」 生まれたばかりの赤ん坊が泣いていて、そこに彼が入ってきた。先ほど取り返し

          0033

          彼女が想い出せるのはハラバナルが絶命する場面だった。ムニダスの宿屋で彼を木箱に詰めた。いや、彼の方から入っていって、そして箱の中で死んだ。 どうやって殺したのかは想い出せても、その理由がどうしてもわからなかった。 「愛していた」彼女は道化師に問いかける。「それは本当かしら」 「いいさ、どうせ時間は厭になるほどある」道化師はわざとらしく顎を掻いた。 「あたし達一緒に暮らしてたわ」 「へぇ」 「皆羨んでた」 「そうかい」 「サナリア渓谷にも連れて行ってくれた」 「それはそれは」

          0032

          「違うって何が」 「あたしは、イベルタ・サンカルロスだわ」 「結婚してたってわけだ」 「そうよ」イベルタは頭を振った。「どうして忘れてたのかしら、こんな大事なこと」 「大事な」 「そうよ、あの人のこと」 「誰だい」 「ハラバナル・サンカルロスよ、あたしが生涯で最も愛した人」 「その男」白塗りの顔を歪ませて道化師は伸びをした。「どこに行ったんだい」 「知らない、あたし死んだから」と言ってイベルタは眼を見開いて、「違う、あたしが死ぬ前にどっかへ行って」 「行って」 「死んだわ」

          0031

          「あたしは」とイベルタは口をつぐんだ。 「わかんないのか」白塗りの男は嗤った。「そら難儀だな」 「そうね」イベルタもつられて笑った。「だって死んでるもの、あたし」 「死ぬと自分がわからなくなるの」 「そうみたい」 「じゃあ」男が体を揺すって近づいてきた。「俺はどう見える」 「そうね」彼女は男を見詰めた。と、イベルタの乾いた四肢に一瞬痺れが走った。「道化師」 「道化師って」 イベルタの中に道化師の記憶が有った。それは彼女が三歳の頃、両親がイリダスに来たサーカスに連れていってくれ

          0030

          では何故自分は家のベッドに寝たままなのか。手を上げることも頭を擡げることもできず、今が夜なのか昼なのかもわからない。できるのはここに横たわり続けて昔の想い出に浸るだけ。 昔。昔とは何か。 死んだイベルタに想い出す昔の記憶など見当たらなかった。 自分はどう生き、そして死んだのか。 何故ここにいるのかわからない不安、死ぬとは不安そのものなのかも知れないという諦念。大切なものを喪った惜しさ、煩わしいものをかなぐり捨てた気楽さ。それらが次々に湧いては消えた。 ただ、誰かに守